14日・挨拶回り〜篠塚

 珍客がやってきたのは、新年明けて初営業日だった。店の裏口の前に、真っ黒な人影が立っていた。

「おめでとうございます、ご無沙汰してます」

そいつは俺の姿を見るなり、子供のように笑って、軽く頭を下げた。敦司だった。

「ご無沙汰じゃねえよ、10年間、何してやがった」

10年前、まだガキ臭さを残していたあの敦司が、すっかりいい男の顔になって立っている。それだけで、10年前のあの頃、散々無理を聞いてやった甲斐があるってもんだ。

「ぼーっとしてねえで、上がってけ」

そう言って背中をどんと押したら、手伝いますと生意気を言ったが、素人に触らせてやる商品は無い、と突っぱねた。そういう時、不貞腐れた表情をすると、あの頃の面影に近くなる。決して同じではないにしても。

 開店の準備と行っても楽器屋だし、掃除は最終営業日が終ってから執念深くやったので、今日は照明をつけて、棚のカバーを外したら、もうシャッターを開けられる状態になる。開店時間にはまだ早いので、暖房を入れて、茶でも、と思ったら、敦司がどう見ても店の前の自販機で買ったらしい缶コーヒーを差し出した。

 栓を抜いて、ほどほどに冷めたコーヒーを飲みながら、敦司は年に不似合いなくらい無邪気な表情で、店内を見回していた。そりゃそうだろう。基本のディスプレイは変わっていない。

「で、10年間、何してやがった」

「色々と。無茶して暴れ回って、痛い目も見て…すこしは大人になった、と思いたいですね」

大人ねえ。こいつと俊二の口からだけは、聞きたくない単語だった。が、あいつも生きていたら、きっとこんなことを言ったんだろうと思う。そして確かに、こいつは、一丁前の面構えをして帰ってきたんだから。

「で、10年ぶりに何の用だ」

そうして水を向けると、あの頃には在り得なかったくらい、穏やかな笑みで、敦司は返した。

「何ってわけでもないんですけど、俺、三鷹は10年ぶりなんですよね。ずっと都内に居たくせに。俊二の葬式で、一瞬帰ってきただけで、それからずっと避けてたから。それで色々不義理をしちゃったから、今更だけど、新年の挨拶回りでもしようかなと思って」

何年生きていても、何も言えない時というのが、あるもんだ。今がそれだと思った。行動がすべてを語ってしまう時。もう何を言う必要も無い。ただ、何もしないわけにはいかなくて、敦司の肩を叩いた。

「よく帰ってきたな」

すると敦司は、子供でもこれはしないというくらい、嬉しそうに笑った。

 それからもう一度、視線を巡らした店内には、この店縁のバンドの写真や色紙が。所狭しと貼りまくられている。その中で、一番いい位置を占めているのは、ほかでもないSIVAで、隣にRACHESISのものもある。

「恥ずかしいですよね、今見ると。若いけどイケてねえ」

「当然だろうが。10年経ってマシな面になってなかったら、何のためにあったんだよ、その10年」

そりゃそうだと、敦司は頷き、目を細める。

「懐かしいな――」

これもまた、そうとしか言いようが無い台詞だ。例え面子が全員揃っていたところで、10年の歳月に取り返しがつく筈も無く、決して過去は元に戻らない。その代りに、10年かけて積み重ねられたものを、こいつは確かに持っている。

 そう思ったので、とりあえずレジの下の引き出しから、色紙とマジックを出した。

「書いてけ」

「いいんですか。じゃ遠慮なく」

そう言って、慣れた手つきでサインをすると、敦司は色紙をカウンターに置いた。

「恭平にも、近いうちに来させます。智之が居るのに俺たちが居ないんじゃ、様にならない」

「確かに、そりゃそうだな。お前らは、壱番館の、自慢の卒業生だよ。最高の悪ガキどもだった」

本当にまさか、趣味で始めたライヴハウスから、武道館クラスのバンドが出るなんて思いもよらなかったから。こいつらには、随分無茶を聞かされて、この莫迦どもと思ったことも一再ではない。が――お蔭様で、俺はこいつらに最高の夢を見させて貰い、こいつらに憧れた新しい悪ガキどもが、ひっきりなしにライヴハウスの門を叩く様になった。地方からライヴを観に来たついでに、ここまで足を延ばす女の子も多い。

 そのくせ当の本人たちときたら、10年前以上の音楽莫迦で、大人になっても風に向かって突っ走り、疲れることを知らない。

「母校だったなぁ…ここが」

そんな親父の内心を知ってか知らずか、敦司はそう呟きながら、冷めた缶コーヒーの、最後の一滴を飲み干していた。

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