11日・一年の計〜悠太

 「あけましておめでとうございまーす」

と、間の抜けた挨拶が居間を飛び交ったのは、0911日午前0時ちょうど。じーちゃんとばーちゃん、親父、かーさん、兄貴夫婦と甥っ子と姉貴と…それに俺も加わると、幾ら何でもいい加減狭い。兄貴たち夫婦は、昔俺と姉貴が使っていたスペースを使って暮らしているらしいけど、今でも時々不思議になる。大体在り得ないでしょ。今時都内で、四世代同居家族って。まあ、それがこの家のいいところでもあるんだけどさ。

 テレビでは「ゆく年くる年」が流れていて、その中からと、窓の外からと、除夜の鐘がダブルで聞こえる。こんな真っ当な正月は、凄く久しぶりだ。

 去年は、スタジオで年を越したような気がする。しかも、しかも、忍さんと総一郎は帰っちゃって、俺とダブル司令塔っていう、気の抜けないラインナップだった(実際には日本酒で乾杯しただけだけど)。その前は、正月は何も無かったんだけど、直前までバタバタしてたから、面倒臭くて帰らなかった。更に前となると、カウントダウンをやってたり、バイトだったり…とにかく多分、高校生以来じゃないかな。

 何で今年は平穏な年末年始を過ごせたかというと、まあ、そういう風にスケジュールを遣り繰りしたからで、それは「来年は特に忙しくなるから」という社長の心遣いなんだけど、発端はというと、忍さんが「たまには旅行に行ける長期のお休みが欲しいです」と社長に直訴したから、らしい。流石だ。で、忍さんは今、フランスに居る。当然、孝史さんと和葉ちゃんも。

 というわけで、降って湧いたように休みになったので、何年ぶりかで実家で正月を過ごすことにした。実家と言っても都内だから、ちょこちょこ顔を出しては居るんだけど、盆の時期は忙しいことが多くて、大抵時期をずらして墓参りに行くから、行事の時に帰るなんて、随分久しぶりのことだ。

 まあ、何するってことはなくて、ばーちゃんとかーさんと兄貴の奥さんと姉貴が、台所でワイワイとお節を作っているのを横目で見ながら、親父や兄貴と一緒に最後の大掃除を片付けて、蕎麦を食いながら紅白を見て、「お前は出ないのか」なんて家族にからかわれたから「出ないよ」と適当にいなして、更に紅白を見ながら蜜柑を食ってたら、除夜の鐘が鳴ったという具合。莫迦みたいに基本に忠実な大晦日だけど、うちは江戸っ子なので、行事は典型的なものが好きだから。昔から、大晦日といえばこれで、正月と言えば除夜の鐘を聞きながら初詣に行くところから始まる。

 芯から凍るような寒い夜だった。スポーツショップで買った厚手のウィンドブレーカーを羽織っていたけど、鼻や頬が切れそうに痛い。だけど、その中に妙な活気が息づいていて、妙なテンションを保っている。正月という、思いっきりのハレ。甥っ子にしてみたら、異常な時間まで無理に起きているから、変にハイになっている。

 まあ、うちはじーちゃんと兄貴が警察官で夜勤があるし、俺はこんなヤクザな商売だから、体内時計は狂い放題なんだけど。でも、やっぱり何か、行事だと言われると血が騒ぐのは、江戸っ子だからなのか、何なのか知らない。

 道中、近所の人に会うたびに、ばーちゃんやかーさんが「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」なんて挨拶をする。近所のおじさんやおばさんのうち何人かは、俺が居るのに気がついて「今年は紅白ね」なんて言ってくれた。だから出ませんってば。気持ちは嬉しいけど。

 近所の神社に行って、お賽銭をあげて鐘をじゃらじゃらやりながら、一生懸命神頼みをしてみた。もっともっと、ドラムの腕もプログラミングの腕も、上達しますように。いい曲が書けますように。しまった、自分のことばっかりだ、SIVAにとっていい年でありますように、あと家族が健康でありますように。大事な順番で言ったわけじゃありませんから、順不同でお願いします。こんな時ばっかりお願い事してすみません。自分でも頑張ります。

 お参りが済むと不思議とテンションは落ちるもので、それは多分、あとは帰ったら寝るだけだからだ。自然と身体がそういうモードになるんだろう。そして明日も、お雑煮を食べなきゃいけないから、あんまり朝寝坊も出来ない。

 まあ、俺はいいんだけど、かーさんや兄貴の奥さんは大変だよなーと思いながら、タラタラ最後尾を歩いていたら、じーちゃんに声を掛けられた。

10年目になるな」

「え?」

「お前が、莫迦みたいにタイコ叩き出してからさ」

この人にかかるとこれだから。でも、ちゃんと10年目って数えててくれたことには、驚いた。

「調子はどうだ」

「順調そのもの。だけど、勉強することばっかりたくさんあって、天狗になってる暇が無くって。ありがたいことだと思う」

するとじーちゃんは、ニヤリと笑って、俺の背を叩いた。

「生意気言うんじゃねェよ」

ウィンドブレーカー越しに、じんと、背中が熱くなった。

 10年――断固として短いとは言わせない、その年月を駆け抜けて来られたのは、10年前に出会ったあの人に、道標を与えられたから。その人に憧れて、まさかここまで走ってくるなんて、想像も出来なかった。

 そして、それよりもずっと前から、俺はこの、背中に感じる熱さと同じものに、育まれてきた。そのふたつが、今とても、懐かしくて愛おしくて、誇らしい。

この感触を、一年間、忘れないで居ようと思う。

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