1224日・初顔合わせ〜和馬

 これは、マズったかなぁ…と思い出したのは、ミーティングが始まってたったの15分後だった。予想はしていたことなんだが、敦司と孝史が、凄い勢いで火花を散らしている。それ自体は、いいものを作るためには必要な過程だと思うので、どんどんやって貰えばいいのだが、正直俺には居辛い場所になってしまった。どうも、そういうのは苦手なのである。

 薫から、ライヴの企画書を渡されたのは去年の秋。まあどうにかスケジュールの調整がついたので、参加出来ることになった。今のところ、俺がどの場面で顔を出して、どの程度の曲を叩けばいいかは、殆ど決まっていない。

「ゴメンね、RACHESISの楽曲を、どこでどの程度やるかは、連中の話し合いの結果次第なの」

と、薫は頭を下げたが、そういうことはまあ、セッションミュージシャン生活もそろそろ長いので、慣れている。叩けと言われたら素直に叩くだけで、それについてどうこうとは思わない。

 が、言われるままに叩く生活をしてきた、ということは、自分でものを言う立場に無かった、ということだ。一応、趣味でやっている自分のバンドもあるにはあるが、それは本当にノリ一発の世界なので、細かい話し合いなども存在しない。大体、忙しいセッションミュージシャンが寄って集まってやっていることなので、厳密にどうこうという取り決めは無くて、肩の力を抜いて出来る音楽なんだから。

 だから、俺を呼ぶのはすべてが本決まりになってからにして欲しかった。というか、顔合わせとだけ聞いてきたのに、いきなりこんなに本格的なミーティングをするなんて――いや、するだろうな、敦司なら、間違いなく。そういうところは、全然変わっていないので、笑うしかない。

 会議室は禁煙だと言われて、休憩時間にすごすごと別に用意された煙部屋に行ったら、智之が先に来ていた。

「よう」

そう言って、ライターを差し出してくる。

「悪いな、うち、俺しか吸わねえし、敦司も居るし」

そうなのだった。敦司は煙草の煙が物凄く嫌いで、RACHESIS時代、俺たちが吸っていると、1人だけ露骨に嫌そうな顔をして、座を外してしまうことがよくあった。大人になってからもあの態度を貫いているとしたら、ある意味大したもんだ。それで大丈夫なのかと別の意味で心配にはなるが。

 それだけで、黙って煙をくゆらしていたら、今度は恭平が顔を出した。

「あ、良かった、居た居た」

というわけで、明らかに煙を閉じ込めようとして作ったらしい狭い部屋は、あっという間に薄白くぼやけだした。敦司が見たら目を剥くだろう。

 1本目を、やや半端な長さで消したのは、訊いてみたいことがあったからだ。

「なぁ。お前らいつも、あの調子に付き合ってるのか?」

そうしたら、智之と恭平は、何言ってんだこいつはという表情で顔を見合わせ、笑い出す。

「序の口だよ、あんなの。いつもはもっとピリピリして、1人で突っ走ってるよ。今回は反論してくる相手も居るし、他所さんとやることだし、遠慮してるよ、あれでも」

「そうそう。普段はそれこそ、印刷の色の濃さひとつでバトルって、手がつけられねえこともあるし。可愛いもんだって」

ま、その回答も分っちゃ居たんだが、慣れというのは恐ろしい。というか、俺も昔はあれに慣れていたんだなと思うと、妙に年を喰った気がしてきた。

「…まあ、あれでも、あれなりに、成長したかな。喋るだけ」

思えば敦司はその昔、俊二と無言で意地を張り合って、2人で勝手に別方向へ突っ走ろうとすることが多々あった。お蔭様で俺たちは、その後フォローに随分、手こずったものだ。それを思えば、こんな台詞のひとつやふたつ、簡単に口をついてしまう。

「そりゃそうだ、間違いねぇ」

智之が、可笑しくて仕方ない、という感じで笑う。

 が、恭平は笑わなかった。正確には、静かな表情だけを纏って、こっちを見ていた。

「というわけだから、カズさんも、成長の証をヨロシク」

2本目に火をつけようとしていた手が止まる。何言ってんだコイツは。

「拳の収めどころがわかんなくなりそうだったら、一発ビシッと頼みますよ、ア・ニ・キ」

ちょっと待て、俺に仲裁しろってか!?無理だ無理。第一、敦司のキャラは大体分ってても、孝史は打ち上げで数回会った程度で、全然分かんねえし。

「このまま行くと、このミーティング、余裕で午前様コースだよ、クリスマスイブなのに。それは、ちょっと、お互いに…でしょ?」

おいおいおいおい何言ってんだよ。ていうかお前、ここ数年で更に危険になってねえか?

 が、どうやら智之が先に呆れたようで、恭平の頭を軽く小突いた。

「それは俺の仕事だ。余計な口出すんじゃねえよ」

「ああそう?悪いね」

と言ってカケラほども悪びれないのが、コイツのタチが悪いところだ。

「じゃあ、仕方ないや。音で聴かせて貰うしかないよねぇ。ここでとは言わないからさ」

確かコイツは、来年で30になる筈だ(誕生日が遅いからまだ今28だったような気もするけど)。その割に、笑顔が妙に凶悪なのが、全然変わらない。

 智之が、更にもう一発、恭平をどつく。

「持って回った言い方ばっかり、するんじゃねえ、鬱陶しい。言いたいことは正面切って、言うべき場所で言え」

この実も蓋も無い直裁さと、すぐ手が出る荒っぽいところも、変わっていない。が、ひとつ、確かに変わったことがある。

D.M.C.とウチとRACHESISの三部構成で、持ち時間は1時間強。そのへんが落とし所だな」

そうだ、こういう風に、根回しなんて器用な真似を覚えた。単に年を喰っただけかもしれないが。

「そうだね。その基本線が固まったら、バトルってる2人も、もうちょっと落ち着くよね。何で先に言ってくれないのさ」

恭平が、しゃあしゃあと言った。この根性の太さがあるからこそ、コイツは長年、敦司についてやっていられるんだと思う。

「とにかく。予定は夕方までなんだし、忍はあいつ、仮に終らなくても帰るからな。俺もだけど、恭も、嫁さんに対して肩身が狭いよな」

とまあ、所帯じみたことまで言い出す始末だ。10代の頃、一番遊んでいたのはどこの誰だ、とツッコみたいところだが、それは今度、酒が入った時にしようと思う。

 15分と言い渡された休憩時間が終りを告げ、灰皿には吸殻が数本残った。立ち去り際に、智之が振り返る。

「カズはさ、期待されると、ついやっちまうから。それがお前のいいとこで悪いとこでもあるんだけど、やっちまうってことは、基本的には、出来るっていうことなんだよな」

そう言って、思い切り不敵に笑っている。畜生、どいつもこいつも、良くも悪くも大人になりやがって。まあ、そういう俺もだが。

「しゃーねーな、分ったよ。確かにこの際、俺が一番言い易いよなぁ」

結局、俺はこいつらに利用されたのか、とも思う。が、悪い気はしない。セッションミュージシャンなんて、利用されてナンボの商売だし、と、訳の分らないことを言って、自分を納得させてみよう。やろうとしている、ということは、はなから無理な相談ではないのだから。多分。

 そうしてミーティングが再会されたのだが、流石に派手にバトルっていた2人も、15分あれば多少は頭が冷えるらしい。議論がすこし落ち着いてきたところで、軽く手を挙げた。

SIVAD.M.C.で盛り上がってる最中に悪ぃけど。俺を呼んだってことは、RACHESISの出番も、それなりに用意して貰えるんだよな。言っちゃ何だが、そこの坊主2人よりは叩けるぜ」

それは、大言壮語でも自信過剰でも何でもない、個性抜きの腕1本で食っている、当然の自負だ。坊主2人には申し訳ないが、お前らの音はよく分っている。

「…和馬さん、それ言わないで下さいよ。分ってるけど」

先に情けない声を上げたのは、悠太だった。

「で、何が言いたいんですよ」

他人の後フォローだとかを考えない性分なのか、月人のほうは、不平そうにこちらを睨んだ。

「うちとSIVAはともかく、RACHESISできちんと組めるセットリストは、分りきってる。『LUCIFER』の通し…だろ?」

ところが、意外なことに、話を受けてくれたのは敦司だった。「LUCIFER」――あの日、限界を知らない若造だった俺たちが、インディーズ・シーンに残した唯一の足跡。RAHESISの楽曲で、残す価値があるものはすべて、あそこに入っている。

「バンド三つの三部構成で、各バンド、アルバムを1枚ずつ通しで演奏する…っていうのは面白くないか?ある種の統一感は取れるし、アルバム・ツアーだとしても、実際にそういうセットリストは存在しないわけで、客にとっても珍しいと思う」

そうしたらそれを、孝史が受けた。多分、コイツの頭の中では、既にステージングのプランなんかも動き出しているに違いない。そのくらい、こいつの頭は回転が早い。

「面白いじゃん、それ。乗った!」

と言ったのは総一郎で、SIVAに限って言うと、こいつの一言は鶴の一声になる。

 現実には、そこにはD.M.C.のメンバーやスタッフ、俺も居たわけで、最後を受けるのは、総合プロデューサーである、薫の仕事になった。

「その流れで行くとして、アルバムの選定は任せる。でも、それだと通しで4時間近くになるから、各バンドの間に休憩を取るとして、5時間前後は必要だね。そうすると昼公演か…リハ厳しいけど、大丈夫ですか?」

もちろん、そんな程度のことで引き下がるような奴は居ない。煽られると乗りたくなるのは、ロックミュージシャンの救い難い性でもあると思う。

「メンバー入れ替えてると鬱陶しいし、アルバムの統一感が薄れるから、RACHESISはすべてオリジナルメンバーで行きましょう。俊二の代役は忍。『LUCIFER』なら全曲、覚えてるよね」

「はい」

あのアルバムが生まれた頃、忍はバンドの妹のような顔をして、しょっちゅうその辺りを出入りしていた。技術的に言っても、この子以外に考えられない。

「孝史、ライティングとスクリーンは任せた。分ってると思うけど、あんまり煩くしないで。悠太は動機の録り直し。黎と月人は、悪いけどここは下がって」

前半の2時間で、あれだけ揉めた筈のミーティングが、恐ろしい勢いで巻き始める。まだ開始40分だというのに。

「んじゃ、まあ、今回はこんなところか。これ以上の細かい内容は次回、来年の4月な。それまでにプレゼン出来るように纏めてくれ…で、いいんだよな」

そして最後に、智之がオチをつける。なんだかこの場は、こいつに上手く操られたような気もするが、それでいいんだろう。ここから先のことには、恐らくこいつは口を出さない。ただ、ドンと構えて責任を取るだけだ。…ってまあ俺も、叩くだけなんだが。

 その後、まだすこし細かい話も残っていたが、結局ミーティングは30分巻きで終った。

「みなさん、恩にきます!おさきに失礼しまーす」

真っ先に帰っていったのは忍で、何でも途中で頼んであるクリスマスケーキを引き取っていくんだそうな。孝史はまだ帰れないらしいが、1時間で切り上げなさいと念を押されていたから、そういうことになるんだろう。何度見ても信じ難いが、あの2人は夫婦で、子供が居るんだから…まあ、そういうことになるわな。

 恭平は、気がついたら居なかったが、あいつも女房子持ちだから、急いで帰った方がいいんだろう。智之は、と思ったら、出口の横で一服していた。

「悪かったな」

にやりと、片頬で笑う、そんな表情が、いつの間にこんなに似合うようになったんだろう。年を喰う――お互いに。でもそれは、決して不愉快なことでも、悪いことでもない。

「利用されてナンボの商売なんだよ。って、お前、帰らなくていいのかよ」

「帰るよ。これだけ吸い終ったら」

そう言って、紫煙をくゆらせている。相変わらず、美味そうに吸う奴だ。

 そうしたら、敦司が通りかかって、物凄く迷惑そうな顔でこっちを見た。

「公共の場所で、煙振りまくなよ」

と言いながら立ち去ろうとしないのは、一体何でなんだ、と言いたいところだが、まあいいか。

「なあ、カズって、今誰のサポートしてるんだっけ。ここんとこ全然聴いてないから、時間が取れたら生が聴きたい」

実はガキ臭いところは昔からあったんだが、こいつの場合は、年を喰ったら以前よりストレートに出るようになったかもしれない。良いんだか悪いんだか。

「年明けに、自分のバンドのライヴがあるけど…細かい時間を覚えてねえな。後で連絡するわ」

「頼む。じゃ、お先に!」

妙に足取りが軽いのは、この後クリスマスの約束とかがあるんだろう。態度がミエミエで可愛い奴だ。くどいようだが、それが良いことか悪いことかは分らない。

 そうかと思えば、廊下の向こうから、聞き慣れすぎたキンキン声が響いてくる。薫が社長を捕まえて、何かと食い下がっているようだった。その合間にこちらを見て、昔はたまに、女の子なんだしもうちょっとボリューム落とせば、と思ったこともある声を、飛ばしてくる。もう今は、あれにクレームをつける気力も無い。

「智之、あんたさっさと帰りなさいよ、クリスマスなんだから」

「五月蝿え、うちは仏教なんだよ」

頼むから、そういう親父臭い返しをしないでくれ。笑えて仕方ない。

「そういうお前は?」

「どんなに早くても10時ですねー。ま、今日中には帰るようにするわ」

いつか、薫に春が来る日が来たら…いや来ないだろうけど、驚くだろうなぁ、と思ったら、智之がいきなり爆弾発言を投下した。

「自分は目一杯仕事する気で居るのかよ。彼氏の立場無えな」

「は?!」

思わず、聞き返しそうになってしまった。お前、今、何て言った?

「コラ、驚くな。たまにはそういうこともあるだろーが」

こいつにかかると、世の中のありとあらゆることが、大したことではなくなってゆく。今、目一杯大したことを聞いたような気がするんだけどな。

「…ま、変われば変わるってか」

「大して変わんねえけどな」

そして、俺が呟いた一言も、あっさりと何でもない扱いにされてしまったのだった。

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