77日・本番〜薫

 輝いている時間は、怖いくらいの速さで駆け抜ける。そんなことは、小学生の頃から分りきっていた。だけど、何度でも思ってしまう。

時よ止まれ、お前は美しい。

 砂時計の砂よりもなお速く、光を零しながら流れ落ちるその時間は、指の間に溜まることも無い。ただ駆け抜ける。その輝きの中に、生きているすべての命と同じように。

 音と光、横溢するエネルギーと、歓声――それらが融け合い、ひとつの稀有な音楽を生み出す、その空間をライヴと言う。そこがあたしの生きる場所であり、あいつが生きた場所であり、奴らがこれからも生きる場所だ。

 夢の終りはとても早くて、気がついたら、すべての演奏が終っていた。ステージの上には、今日出演した、3つのバンドのメンバーたちが居る。そして、敦司や智之に促されるままに、あたしはステージに上がって、マイクを取った。裏方の人間がこんなところに来るなんて、初めてのことだ。

「…本日のライヴの、総合プロデューサーを務めさせていただきました、中原薫です」

静まり返った武道館に、あたしの声が響き渡る。嘘みたいな話だ。声がうわずっていないことだけでも、せめて、感謝したい。

「ええと…今日はまだ、ここに居る全員、一言も喋ってませんので、あたしからメンバー紹介をしたいと思います。名前を呼ばれた奴は、『今日の一言』を言うように」

本当にまったく、こんな大事な役割を、誰が裏方に押し付けたんだ。

「じゃあ、出演順ということで、Devil May Careから…今日も華麗なドラム・プレイでD.M.C.のビートを支えてくれました。On Drums、月人!」

「実際やってみるまでは、色々『何でこんなことすんだろう』って考えたり、何していいかわかんなくて悩んだり、ぶっちゃけ『やりたくねえな』とかも思ったんだけど、やってみて良かった」

腕白坊主は、てへへ、と頭を掻いて、照れ笑いを浮かべる。

「続きまして、今日も素晴らしいグルーヴを紡いでくれました。日本全国色んなバンドを聴き漁った身として保証します、日本最強のフレットレス・ベース使い。On Bass、黎!」

「面白い企画だった…あらゆる意味で」

寡黙なベーシストは、意味深なようで額面通りの意味しかない言葉を返す。

「次、D.M.C.の音楽に『色』を与える男です。暗黒から幻想まで、皆さんにも見えましたよね。On GuitarKyo!」

「二度と無いようなライヴで、最高に楽しかったよ。素敵な空間をどうもありがとう」

思えば、一応ファンサービスとやらをしたのは、こいつだけか。この穏やかな笑顔に参る女の子が多いんだ。

「そして、D.M.C.の絶対司令塔、唯一無二の暗黒ヴォーカリストです。On VocalSIN

「…ここに居る全員、愛してるぜ。心から」

客席から、有り得ない歓声が湧きあがった。こいつが、この立場でこういうこと言うの、今まで無かったから、そりゃそうだろう。

「次、SIVAのメンバー行きます。気合の入ったドラミングも聞かせてくれましたが、何気に今日、同期のプログラミングを全部、入れなおしてくれてます。On Drums、長谷部悠太!」

「ちょっとは、俺の成長、見て貰えましたかね。だといいんですけど」

ちょっとじゃないんだよ、この莫迦。そう言いたいけど、何度でもこう言っちゃうから、この子なんだよな。

SIVAの楽曲に、歌の魂入れてくれる男です。On Vocal、南総一郎!」

「…何でそういう、大風呂敷を広げるかなぁ。俺そんなに偉そうなことしてないよ、ねえ?」

だけど、客席の反応は素直なもので、総一郎は思いっきり「そんなことない」リアクションを受けて、苦笑することしきりだった。

「今日のステージの照明特効その他演出を仕切った男でもありますが、真骨頂はステージの上で見せてくれました、悪魔のギタリスト。On Guitar、宮島孝史!」

「この空間を作り出すために、力を貸してくれた人すべてに感謝します。今日ここにあった、あらゆるものが最高に美しかった」

我らが裏番は、一見淡々としているけど、自分の仕事に満足しきるのは、俊二の次くらいに珍しい男だ。だから今日ここには、確かに、凄い力が働いたんだろう。

SIVAのもう1人のギタリストで、今日はRACHESISのサポートもしてくれました。いつも誰よりも澄んだ音色を聞かせてくれる、ギターの歌姫。On Guitar、中原忍!」

「私の大事な仲間であるSIVAのメンバーと、尊敬する兄貴たちであるRACHESISの皆さんと、一緒に出来て最高でした。今日ここで、皆さんと居られて最高に幸せでした」

こらこら、泣くのは本番ハケてからにしなさいってば。でも、そんなことを言っても、この子は聞きもしないんだろう。指先から心の底まで、幸福の色に染まっている。

「最後に、SIVAの音楽を誰よりも強く支えてくれる男です。On Bass、佐野智之!」

「…いいライヴだった、よな」

何気ない一言だけど、今日この日を一言で纏めるとしたら、きっとこれだ。流石は大将、いいことを言う。

「それから、1人を除いて重複になりますが、RACHESISいきます。まず最初は、1人だけ重複じゃない男。あたしが最も尊敬するドラマーで、色んなところでサポートをやっているので、きっと皆さんも、どこかでこの男の『音』を聴いていると思います。On Drums、行橋和馬!」

「…出てきといて言うのも何だけど、俺、マジでここに居ていいのかね。まあ、居るってことはいいってことで…まさかまたこいつらと一緒に出来るとは思ってなかったんで、今日は楽しませて貰ったわ。どうも、ありがとうさんでした」

和馬君にとっては、一体いつ以来になるんだろうっていうMCだけど、この構えてない感じが、いかにも和馬君って感じで、凄く良かった。

「さっき、妙に簡潔な台詞を吐いた野郎が居ましたよね。RACHESISの屋台骨を支えていた男です。そして、屋台骨のくせに、有り得ない凶暴な重低音で踊りまわってくれてます。On Bass、佐野智之!」

「俺のは、さっき言っただろーが」

智之はそう言って居直ろうとしたが、すこし考えてから、マイクを取り直した。

「ひょっとしたら、気にしてる奴も居るだろうから、念のために言っとくけど。これは、再結成とか、今後の活動に関わってくるものじゃなくて、あくまで久しぶりに手合わせしようっていう、同窓会みたいなもんだから。もちろん俺たちは、同じ世界を生きてる仲間だし、これからも何らかの形で関わりあっていくことにはなる。だけど、それはあくまで、今の活動の延長として、であって、D.M.C.SIVAも、ずっと続いていくものだから――そこんとこだけ、よろしく」

フォローありがとう、大将。確かにその問い合わせは、凄く多かったんだよ。あんたはやっぱり、凄くいい奴だよね。

1回こいつのギターの音が、どこからどうやって出てるのかレクチャーして欲しいんですけど、未だに教えてくれません。果たしてこいつは、本当にギタリストなんですかね。On Guitar、都築恭平!」

「ギタリストだよ、失礼な。確かにギターの音はしてないけど」

恭はそう言って、可笑しくて仕方ない、という風に笑う。

「何ていうかさ、でも、RACHESISっていう時代があって、そこで培ったものを踏まえた上で、俺たち全員の今があって、それぞれいい音楽をやってるっていうこと、それを支えてくれる人が居るっていうことは、もう本当に、いいことなんだよね。今ふっと思った」

そしてそんな、妙にお利口さんなことを言った。だけどそれは、掛け値無しの本当だから。

「そして、RACHESISが誇る堕天使が居ます。誰よりも美しい歌声で、誰よりも深く楽曲の世界を表現出来る男です。On Vocal、桐山敦司!」

敦司はしばらく、何も言わなかった。ただ、子供でもこんなにはしないってくらい、無邪気な笑みを浮かべて、ずーっとステージの上を、客席を、天井を――見回した。

「何かさ、」

そして、思い出したように呟く。

「音楽やってて良かったなって、思った。こうして、今ここに居る全員と、音楽っていう世界で繋がれて」

だよな、と言いたげに、敦司は自分の左手に――かつて俊二が居た方向に、視線を流した。

「そして最後に…RACHESISにはもう1人、素晴らしい堕天使が居ました。最高に生き急いだ大莫迦野郎で、最高の音楽を奏でる天才でした。On Guitar、椎名俊二!」

その一瞬だけ、喉の奥が熱くなった。

 静まり返った客席が、光の海みたいに見える。そこには、まだ冷めやらぬ熱気がたたえられて、命を授けられたみたいに息づいている。

「こいつらが、あたしに何か挨拶をしろって五月蝿くって。それで、何喋ろうかって、長い間あれこれ考えてたんですけど…言うことってひとつしか無いんですよね」

あたしは息を整えて、光の海を見つめた。

「あたしが、今の半分くらいの年だった頃…音楽を通じて、出会った奴らが居ました。どこまでも行ってやろう、どんな高いところでも翔んでやろうって、マジで考えてる莫迦ばっかりで、いい加減身の程知らずで、ついでに限界も知らなかった。そんな奴らが作ったバンドが、RACHESISです。あたしはそのバンドのスタッフとして、メンバーのすぐ側で、奴らの闘いっぷりを見て来ました。ハッキリ言って無謀だったけど、最高に輝いている、イカしたバンドでした。そのバンドがお終いになってしまったのが、今からちょうど10年前です。で、その10年前の今日、俊二の奴が1人だけ、この世から居なくなりやがりまして…そんなとこまで徹底的に生き急ぐ必要は無かったんだけど、奴はそういう風に生きたんですね。それから10年経って…でも、あの頃から続いてきたものは、全然終りになってるわけじゃなくって、あの場所に居た全員が、あの日から続く時間を、それぞれ精一杯生きてて、まだ音楽っていう、同じ世界で闘ってて、こんなに素晴らしい仲間に、スタッフやお客さんに恵まれて、また今日ここでこうやって同じ空間を分かち合うことが出来たっていうのは…一番最初から、ずーっと側に居た者として、何よりも嬉しいことだと思ってます。こいつらは、あたしの最高の誇りです。前置きが凄く長くなっちゃいましたけど…それが、本当の本当に混じりけ無しの、たったひとつです。音楽を生きてきたこいつらのことを、誇りに思います。ありがとうございました!」

光が――色濃く輝き、瞬いて、弾ける。終って欲しくない夢の、何よりも美しいその終りには、目が眩むような、煌きの洪水が待っていた。その中に、ずっと立ち尽くして、殆ど息をするのも忘れたようになって――あたしはただ、すべてが光に融けていくのに任せた。

 
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