76日・墓前〜光

 夜までに雨は上がり、しっとりと潤った世界に、水晶の光が降り注ぐ1日だった。

 私はその日、すべてのことを休みにして、じっと見ていた。彼のところに訪ねてくる、色んな人を。と言っても、本当の命日は明日だから、今日来るのは、明日来られない人だけだ。

 最初に来たのは、総一郎君と悠太君。何故か2人でつるんで来た。

「だって、さあ。直接の知り合いを連れてこないと『お前誰だよ』って言われる気がして」

総一郎君は、そう言って笑ったけど、確かに私もそう思う。警戒心の強い人だったから。

「すみません、お邪魔しました。それじゃ、また明日」

悠太君は、そうやって丁寧に頭を下げて行った。

 次に来たのは、忍ちゃんと孝史君、和葉ちゃんの一家。和葉ちゃんは、それが誰だかよくわかっていなかったみたいだ。

「でも、顔見せたかったから。家族3人揃って、私の『今』だし」

「と、いうことだそうですよ」

透き通った太陽の光よりも、まだ澄み切った笑みを浮かべて、忍ちゃんは言った。その横では、孝史君が微笑っていて、和葉ちゃんが飛び跳ねていた。

 午後になって最初に来たのは、薫さんだった。

「光ちゃん」

私の顔を見るなり、薫さんは軽く目を見開いて、ちょっと驚いた顔をした。

「もしかして、ずっとここに居るの?」

「今日は休みなので。薫さんは、今日もお忙しいんでしょう?」

「まあね。でも、今日は連中の休養日だから、私も午後からすこし、時間を貰ってもいいかなと思って」

それで、結婚式の準備とかには行かない人なんだ。義理堅いんだか、朴念仁なのか。

「光ちゃん、彼氏と別れたって?」

「ええ、そうなんです、1ヶ月くらい前に。駄目ですね、自分の忙しいのにかまけちゃって」

「気にしない、気にしない。相手の男が、あんたに相応しくなかっただけよ」

相変わらず耳の早い薫さんは、さらっとそんな凄いことを言った。

 そして――深い深い溜息をつくと、彼の方を見た。

「何かねぇ…こういう話が、出来るようになっちゃったのねぇ。あの頃は、10年経とうがどうしようが、あんたはずーっとあいつの側に居るんだって、信じて疑ってなかったよ」

「私もそう思ってました。そういう――時代だったんですよ。私たちにとって」

そんな――目くるめく黄金時代だった、あの頃は。

 あの頃、未来はどこまでも広く、でも壁も同じようにどこまでも続いていて、それを超えて翔ぶために、燃やし尽くされた命があった。その輝きを、私はずっと、側で見ていた。永遠にそれが続くと信じて疑いもせず、ずっと見つめて居たいと、祈りに近い強さで思っていた。

 そういう時代が過ぎ去って、明日で10年になる。

 そうやって、すこししみじみしていたら、第3の人物がやってきた。

「おう、来てたんか」

和馬君だった。こういうところに突っ込んできてしまう無頓着さが彼らしかったし、そうやって空気を和らげてくれるところも、相変わらずの彼だと思った。

「こんなもん持ってきたけど、ぶっちゃけ、あいつ酒の味は分ってなかったよなぁ」

そういう彼の手には、缶ビールがあった。それも確かにそうだ。格好つけて飲んでいただけなんだから。

 「あれ、みんな揃ってるんだ」

次に来たのは恭平君。彼とは、それこそ10年ぶりになるけど、そういう壁を感じさせないで、すっとこちらに入り込んでくる。

「ここに来るの、けっこう久しぶりなんだよね。景色として変わる筈は無いんだけど、何か落ち着く。ゆったり居座って長居する場所じゃないかもしれないけどね」

そう言ってからふっと、「まいっか、長居しても」と言ってくれたのは、もしかしたら、彼なりに気遣ってくれたのかもしれない。

 それから、近づいてくる次の足音。

「何、こんなトコでたむろしてんだよ。ご近所の迷惑だろうが」

そういう実も蓋も無いことを言うのは、智之君だ。

「って、まあ、たまにはこういうのも、アリかな」

そう言って苦笑したのは、照れ隠しかもしれない。

 そして最後に――多分彼が、この10年、ずっと会いたがっていた人が来てくれた。

「何で、勢揃いになっちゃうかなぁ」

敦司君。根拠は無いけど、ここに来るのはきっと、初めての筈だ。彼が誰よりも尊敬し恐れていた、最高の敵手。その敦司君が、「彼」を真っ直ぐに見て、穏やかに微笑んでいる。

「遅くなったけど、来たぜ」

その言葉が誰に向けられていたかは、言うまでも無いだろう。

「俊二」

敦司君が呼んだ、「その名前」が、かつての運命共同体たちを、1本の糸で結び合わせる。

 思えば私の人生は、彼と出逢って始まったようなものだった。それより前の子供だった日々のことは、もうあまりに幼すぎて、遠すぎて、朧な記憶の中にしか無い。それから先の、心を尽くして生きてきた毎日に比べれば、それは当然かもしれなかった。

 そして、彼を失ってからの10年も、結局のところ彼無しには考えられなかった。時の流れとともに具体的な記憶は劣化していき、あの時彼がどんな声で喋ったか、どんな表情で何をしていたか、そんなことはどんどん忘れてゆく。だけど、情け容赦無いほどに、私は彼に生かされていた。彼の側で育んだものが私の基礎であり、その上に築き上げたものも、結局は、彼が居ないという、その傷から芽生えたのだから。そうやって、続く10年間を、彼と一緒に生きてきた。他の人を愛しても、どんどん彼のことを忘れていっても――本質的な意味で、彼はとっくに私の血肉になっていて、もう消し去ることなんて不可能だ。

 私の場合は、たまたまそれが人生そのものだったけれど、彼が命を尽くした対象は、私ではなくて音楽であって、恐らくそのフィールドでは、かつての運命共同体たちが、そのように生き抜いたのだろう。彼と築いたものを武器に、自分の力で。

 輝いていたあの日々は、もう果てしないくらい遠くて、きっと永遠に還ることは無いだろう。それだけは断言してもいい。けれど、あの日から続く道の上に、こうして変わらず彼を愛している者が居る、ということには、心の底から感謝したいと思う。

 そうでしょう、俊二――

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