629日・通しリハ〜黎

 「今回のこれは、全部自信作」

それは、新しいアルバム「BLINDE DANCE」が完成した時、SINの奴が、事も無げに言い放った言葉だった。確かに奴は、作品が出来上がった側から後悔に襲われるタチではないが、断固として自分に甘くは無い。ここまで素直に、かつストレートに、作品を褒めるということは、かつて無かった。

 基本的には、「例の企画」が入ってくる前に出来上がっていた作品たちだ。だから、要は奴が、ミュージシャンとしてそういう状態にある時に、上手い具合に持ち込まれた企画なのだと思う。

 そしてまた、出来上がった楽曲を、ツアーを通して歌いこみ、練り上げて熟成させる過程は、それは見事なものだった。二十代を通して、探し続けた「声」に、ここで巡り合ったような気さえする。元々、人の声、特に歌い手のそれは、年齢を経て変わっていくものだが、恐ろしいことに、奴はやっと、自分の声はこれだという、その一筋の光に、辿り着いたのだと思う。

 決して短くも、地味でもないキャリアがあって、修羅場も含めて相当な場数を踏んでいるくせに。それらはすべて、あの一筋に辿り着くための道であり、あの一筋を辿って、まだまだ果てしない修練という道を上ってゆく。

 フルヴォイスかつノンストップで歌い上げられた「BLINDE DANCE」は、その渦中に居てさえ、圧倒される世界観を持って立ち現れた。決して我を忘れたわけではなくて、己の演奏に集中し、冷静な耳で音楽を聴いて、考え、調整し――それでもまだ、その世界の深遠さに、身震いがした。

 「…Kyo、『Mother of LOVEMother of HATE』のアウトロ、そこまで引っ張らなくていい。飽くまでアルバムと同じで頼む。黎は立ち上がりのピッチが甘いから、調整してくれ。月人は中弛みしてた。『幾億の幻』の立ち上がりで立て直せ」

そして、俺たちのそんな思いを他所に、奴はいつもの通り、完璧に世界を把握し、行き届かないところを見極めて、指示を出していた。多分、今日はもうこれで、フルヴォイスは出さない。というよりも、本番前10日を切っているから、消耗を避けるために、あとはゲネプロで1回、最終確認をするだけだろう。本番前日ともなると、喋るのも避けるようになる。追い込みと温存の、限界ギリギリの一線を、奴はいつも、憎らしいくらいの正確さで渡りきるのだが、今回のそれは、ちょっと珍しいくらい慎重だ。

 昔――初めてこいつを観たのは、鹿鳴館だった。初ワンマンで150人も動員したバンドが居ると聞き、興味半分に覗いてみたそのバンドは、若く、粗く、莫迦莫迦しいほどの伸び代を持て余し気味にして、暴れていた。そのエネルギーの大きさを買った。伸び代を己の実力に変えることが出来れば、何かを成し遂げられるバンドだ、と思った。

 二度目に会ったのは、それから数年後。自分も出演した、あるイベントのステージで、ふと気がついたらそこに、あの日鹿鳴館のステージで、細く鋭い叫びを上げていた、あのヴォーカリストが居た。そこにはあの、雑多な個性が鬩ぎ合う、恐ろしいばかりのエネルギーは無かった。ただ、磨きぬかれた暗黒の世界があって、それがどうやら、この男の世界だなと思った。

 その世界の一翼を担うようになり、しばらくになる。その間には、苦しい時期もあったし成功もした。けれども奴は、ぶれることなく、己の世界を深め続けて、ここに辿り着いた。

 その、どうやら分岐点になるらしい場所で、再びあの、雑多な個性が集うという。それぞれに個性を究めて、10年。生まれるエネルギーは、いかばかりのものになるだろう。

 そんなことを考えていたら、SINが振り返り、鋭い声で言った。

「もう1回」

まあ――俺は俺の仕事をするだけだ。

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