624日・飲み会〜智之

 どういう成り行きだったか忘れたが、仕事帰りに敦司と孝史の3人で飲むことになった。多分、俺と孝史が話をしているところに、敦司が割り込んだんだと思う。場所は俺と孝史が行きつけにしている三鷹近くの飲み屋で、例の如く「とりあえずビール」なんて言葉は無く、全員手勺で好き勝手なものを飲んでいたりする。というか、最初のオーダーが冷酒にグラスワインにジンライムって、どういう組み合わせなんだよ。ここで突っ込んでも仕方ないにしても。

 しかもこの3人は、酒の飲み方が全然違う。孝史は適当にものを食いながら2杯目でウォッカに行き、調子が良ければもう1杯くらい行くこともあるが、基本的に量は飲まない。敦司は逆に早めに酔いたい方だし、俺は時間をかけて量を飲むし。話すことでも無いと、絶対に持たない組み合わせだ。

 最初のうちは、敦司が孝史にあれこれと話をふっかけるのが面白くて、ずっと聞いていた。予想はついていたが、興味の対象が決して遠くない。が、敦司の知識の方がかなり浅めなので、途中で講義になったり、一蹴されてみたり。その度に悔しそうな顔をして喰らい付く様子が、可愛いと言えば可愛いのか…いや、30男に言う台詞じゃないな。

 酒の飲み方がそれ目的だから、一番最初に酔ったのは敦司だった(余談だが、孝史は絶対に、自分で「酔った」と思うまでは飲まない)。

「あのー。折り入って訊きたいことがあるんだけど」

グラスに三分の一くらい残っていたジャックダニエルを呷ると、敦司は徐に、妙な真顔になった。

「薫、マジで結婚しちゃうの?」

ああ、成る程な、と思った。こいつは昔から薫とは仲が良かったけど、今回の話は、ハタで見ているこっちも「それでいいのか」というくらい、電撃的に決まったから。薫らしいと言えば、これ以上らしいことも無い気もするが。

「んなこと言ったって、式の招待状行っただろうが」

「来たけど、俺何も聞いてなかったし。ていうか、彼氏居るのも知らなかった」

それ見ろ、不貞腐れてやがる。

もう面倒なので、ここは親族代表に話を振ることにした。

「内輪の人間としては、どうなんだよ」

「どうって…俺も忍も、そういう話になってると聞いたのは、わりと最近だからな」

よしよし、後はそのまま敦司の面倒を見てくれ。

「ていうか、薫の旦那って、どういう人。何してる?」

「ドラマの脚本家ですよ。以前に、作品の主題歌をうちでやったことがあって。それが、2年くらい前かな。でも、そういう関係なのは、ここ1年くらいですよ。人間的には、一言で言うと、極度のマイペース。薫さんが何をしてても、脇で変わらないペースで生活してる感じですね。ただ妙な余裕があって、そこへ薫さんが『疲れた!』って言って帰ってくると、上手い具合に『お疲れ様』が言える人かな。年は俺たちより7つか8つ上だったと思います」

流石、リアルに親族なだけある。的確な説明お疲れ様、だ。

 敦司は、その話にはそれで満足したらしかったが、こうなったら勢いという感じで、いきなり話題を変えた。

「結婚してるって、どういう感じ?」

発作的に、手元の何かでどついてやろうかと思った。こいつ、何をスッ惚けたことを言ってんだ?ていうか大体俺は、いつお前からこんなぶっちゃけ話をされる立場になったんだ。

 とはいえ、ここで無下に「莫迦」と言ってしまうのは可哀想なので、適当に話を合わせてみる。

「どうもこうもねーだろが。そんなもんだよ」

いや、合わなかったか。

「立ち入って欲しそうだから、立ち入りますけど。そういう展開になってるんですか」

ここは孝史の方が上手かった。当たり前か。

「…いや。その単語は、口に出したことも無い」

「じゃ、お前がしたいわけか」

一瞬、敦司の言葉尻が、妙に濁ったのには気が付いていた。が、出かけた言葉を止め損ねた。

「ぶっちゃけ、よく分らない。したら何か変わるものなのか、何でそんなことする必要があるのかって。そういうお前らは、何で結婚したんだよ」

頼むから、そういう青いことを大真面目に言わないでくれ。悪いけど笑える。言っとくけど今、俺のほうが年下だからな。

 で、その質問には答えたくなかったので、とりあえず今度こそ一発、敦司の頭をどついてみた。

「阿呆。他人のを参考にしようとしてる時点で、お前間違ってるぞ」

「それでもいいから聞かせろよ」

しつこい奴だな。言っとくけど、世の中でこの質問の回答するのに、俺ら2人くらい不適切な人間って多くないと思うぞ。

「朝飯食ってて何となくそういう話になったから、その足で書類一枚出しに行っただけだぞ」

この回答には、流石に敦司も面食らったようだった。

「…そんなに簡単に、出来ちゃうもんなんだ」

「たかが書類1枚だろーが。それで何も変わらねえし」

「じゃ何で敢えて出したの」

ガキか、こいつは。ある意味この食いつきの良さは褒めるべきなのかもしれないが、上の娘の相手をしている気分になってきた。レベルとしては近い。

「出さない理由も無えなって。一緒に住んでしばらくになってたし、子供もいずれは欲しかったし、色々考えると、書類1枚出しといた方が楽だった。そういう話」

実際、その日から何が変わったかって、何も、だったから。

 敦司があんまり心外だという表情をして頭を抱えるので、仕方ないからすこし混ぜ返すことにした。

「何だったらここに、必要に迫られて結婚した奴が居るぞ」

孝史が、五月蝿い、という顔をしたが、もう遅い。せっかくだから犠牲になれ。

「…否定出来ないけど」

「子供出来ちまうと、それを育てる『家』の体裁を整える必要が出来るんだよな。生々しい話、保険証とかをどうするか、っていう問題も出てくるし。そういう場合、よっぽどの信念があって籍を入れない、っていうんじゃなければ、入れといた方が楽」

あんまり憮然としたので、一応のフォローは入れてやった。

「忍が結婚したのは、分るんだよ。あの子は昔から『可愛い奥さん』になりそうだった。ほどほどに、そういう幸せの『夢』を見られるっていうか、さ」

そうしたら、今度は敦司が割と上手いことを言う。なるほど、そういう言い方も出来るな、と。

「で、ここにその『夢』を叶えてやりたいなーとか思ってる莫迦が居たわけだ。更に言うとこいつも、『名』と『実』両方キープしておきたいっていう、案外ガキ臭い欲があって」

明らかにこれは喋りすぎだが、酒の席だということで、まあ許せ。孝史が凄い目をしてこっちを睨んでいるが、もう見ないことにしよう。

 敦司は、しばらく黙っていたが、ややあって、深々と溜息をついた。

「どっちにしても、お前ら2人とも、ちゃんと先を見据えてるわけなんだ」

「子供が居るから、だろ。そうじゃなかったら、その日暮らしでも構わない、ちゅう考え方も出来る」

「それだ、それ!」

どうやらその一言が、俺の知らない敦司の私生活の、核心部分を突いたらしかった。

 ったく、喋り辛い話に持ち込みやがって。しかも、さっきの俺の余計な発言に気分を害した、という意思表示で、孝史が黙ってしまったので、今度は俺がどうにかしないといけない。

「野暮な役回りだな」

「…悪い」

そう言って敦司は、透明な笑みを浮かべた。

「子供居るって、楽しい?」

「ことも多い。腹が立つことも多い」

「居たらいいだろうな、とは思うんだけど。なんだけど、絶対に欲しいから手を尽くすっていうのも、違う気がして。自然に任せてしばらくになるんだけど、何事も起こらなくて」

状況としては理解し易い。その考え方は、俺たち夫婦とも大差無いものだから。

「あっちが、5つ上なんだよな。だから、言っちゃうと、もうそんなに時間的な余裕も無いしさ。だったらどうにかした方がいいんじゃないか、とか、色々考えてたら、それ以前の問題として、『その日暮らし』だったわけ」

それは…ヘヴィだ。正直言って、男の俺たちの手に余る。かといって薫なら大丈夫かと言うとそうでもないだろうが。

「一生『その日暮らし』でも、それはそれで悪くない気もする…だけど、何て言えばいいのかな、それを選んでそうなるのと、成り行きでそうなっていくのと、そうなる積りじゃ無くても結果的にそうなるのとでは、決定的に違う、だろ?」

「あのな。それは2人で話すことであって、こんなところで赤の他人に愚痴ることじゃない」

「分ってる。だけどこれ、凄く神経質な話なんだ。俺らにとってはね」

そこで敦司は、話を切った。何がどう神経質なのか、気にならなかったと言えば嘘だが、知りたがるのはそれこそ野暮というものだろう。

 そこから後は、また昔の話やら音楽の話やら子供たちの話やら、雑多に色々つまみにして、夜は随分と早く更けていった。

 お開きの時間になり、三鷹在住の2人はタクシーを乗り合わせるとして、お前はどこまで帰るんだと敦司に聞いたら、迎えに来て貰えるからお構いなく、と言われた。

 大体の終了時間は連絡済みだったらしくて、タクシーよりも先に、艶やかな黒のワーゲンがやってきた。で、降りてきた敦司の彼女、という女性は、圧倒されるような美人だった。

「すみません、色々とお世話をかけて」

ええ本当に、と言いたいところだが、彼女に免じて黙っておいた。色々話を聞いた後だったので、内心やや気まずいところもあったのだが、後はこの2人が勝手にするんだろう。

「おやすみなさい」

歌うような声で、その人は言い、敦司を連れて帰っていった。

 で、いい加減タクシーが来ないかと思ってふと振り向いたら、孝史が妙な顔をしている。

「どうした?」

「あのな。お前は事態の重大さを理解出来てない」

「はぁ?」

「河村あすかと言えば、俺たちの世代にとっては不可侵の存在なんだけどな」

「そんなもんか…」

「そうなんだよ」

そんなことを言われても、知らないものは知らない。

「…で、その方のプライヴェートな話を聞かされた、と」

「正直言って反応に困った、あれは」

「途中からだんまりだった癖に、偉そうに言うな」

「お前は旧知の仲なんだろう。俺は赤の他人だからこれでいいんだ」

「あのなぁ、あんな、とっくの昔に出来上がってる同士の、犬も食わない類の話を聞いても、嬉しくも何ともないのは分るだろ?総や悠太のそういう話ならともかく」

そこまで言ったら、孝史のしたり顔が、笑みに崩れた。

「オヤジの発想だ」

悪かったな。総と悠太のそういう話だったら、どっちかというと、かなり聞きたいんだけどな。まだしばらくは無いんだろうなぁ…

 こうして、奇妙な夜は、いつものテンションに戻って、終ったのだった。

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