微かな機械の駆動音と摩擦音だけがして自動ドアが開くと、そこには<ビルキス>ブリッジの光景が広がる。広く取られた窓と、無数のモニター類、管制官たちの背中、指揮座。

 レオンハートにとっても、決して見慣れた光景ではない。彼は普段、ここに立ち入る権限を有していないからだ。だが、全体を一瞥するよりも先に、副長に断りを入れて、艦長の前に立つ。

艦長(キャプテ)殿(ン」)、レオンハート・ザバッシュ中尉であります。ブリッジへの入室許可を頂き、ありがとうございます」

 直立不動で敬礼をする相手は、この<ビルキス>の艦長である、リド・ハーヴィ大佐だ。年の頃は五十代半ば。灰色の髪がよく似合う、ごく温厚そうな人物だ。

「色々と頑張ってくれていると、バラージュ少佐から聞いている。ご苦労だな」

 外見を些かも裏切らない穏やかな声で、ハーヴィ艦長は言い、微かに微笑んだ。軍人というより、A.D.時代の英国紳士とでも言った方が良いような態度であり物腰だが、実際は下士官上がりの叩き上げで、イリン・クァディシン全軍の中でも指折りの豊富な戦歴を誇る、歴戦の勇士と言われている。

 ブリッジは、まさしくこの艦の中枢であるから、業務上、直接ブリッジに立ち入る必要がある人間と各兵科長以外は、ここに立ち入るのに許可が要る。レオンハートがその許可を取ったのは、斜め後ろに控えているイリア・ゼクロスの「課外授業」のためだ。

 モビルスーツ戦というものは、一見目の前の敵だけを倒していれば良いようだが、実際はそうではない。戦術を考えるのは小隊長であるレオンハートの仕事だが、一介のパイロットであるイリアにも、母艦との連携や母艦の防衛のことは気にかけて貰う必要がある。

 だが、レオンハートが危ぶんだ通り、イリアは戦艦の機能や構造についても、何も知らなかった。すべてを熟知している必要は無いが、通り一遍のことは知っていなければ、動けないこともある。だから教えようと思った時、カティアが「挨拶がてら、艦内の主要な部署に見学に行けば良い」とアドバイスしてくれた。

 確かに、座学で講義を受けるよりは、恐らく頭に入る。それに、イリアは理解力や空間把握能力は高いのだから、一通り見て回れば、構造一通りは頭に入る筈だ。時間はかかるが、訓練の合間の休憩代わりにも出来るからと、レオンハートはありがたく、そのアドバイスを受け入れた。

 そして、最初に来たのがこのブリッジだ。人体に例えれば、言うまでも無く「頭」。管制官や通信士とは、顔を合わせたことが無くても、今まで世話になっている。ここから始めるのが説明し易いだけでなく、とっつきやすいだろうと思ったのだ。

「イリア・ゼクロス」

 では他の士官たちに挨拶をと思い、指揮座の前を辞去しようとしたら、ハーヴィ艦長に呼び止められた。

「貴女に会うのは、着任挨拶の時以来だな。この艦には慣れたかな?」

 例えて言うなら、数年ぶりに再会した親戚の少女に話しかけるような喋り方だった。多少の距離を取っていて、恐らく深入りはされないだろうと思えるが、偽りの無い親愛の情もこめられている。

 イリアはその問いかけに、すこしだけ白い面を揺るがせた。どうやら戸惑っているらしい。はいとかいいえは即答出来るし、任務に関することなら、すぐに機械的な返答をするのに。

「…慣れたかどうかは、よくわかりませんが……色々と教えて貰って、頑張っています…」

 おずおずと返されたその言葉は、軍隊という場所で発するなら失格だが、十七歳の少女がかなり目上の人間から思いがけず声をかけられて、一生懸命返したという意味では、それなりに好感が持てそうだ。ハーヴィ艦長もそう思っているようで、表情は殆ど変らないが、口元の皺に落ちていた柔らかな影が、すこしだけ濃くなっている。故にレオンハートは、叱り飛ばそうとした言葉を止めた。

 実際、彼自身、新鮮に思うのだ。時にはこうやって、年齢相応の少女らしい反応をすることもあるのか、と。

 とりあえず、何時までも艦長を煩わせるわけにはいかないので、早々に挨拶をして、その前を辞去する。ブリッジという場所の性質上、すべてを事細かに説明することは出来ないが、軽くここに詰めている人間の役割を説明して回ることにした。

 最初に行ったのは、最も接触が多い、戦闘管制官のチームだ。モビルスーツの発艦と着艦に関わる一切を管制するわけだから、パイロットにとっては頭の上がらない人たちである。実際、戦闘中ともなれば、敵味方の機体や様々なデブリが入り乱れて、進路がクリアであることを確認するだけでも、容易ではない。彼らの的確な状況分析と判断が無ければ、レオンハートたちパイロットは、飛び立つことすらままならない。

「その子がイリア・ゼクロスか。可愛いじゃないか」

 ごく軽い調子で言いながら振り返ったのは、主任管制官のグェン・ハイ・フォン大尉だ。名前からするとアジア系のルーツを持っているらしく、確かに瞳も髪も暗色だが、顔立ちは歴とした白人だ。レオンハートのようなルーツ不明は意外と珍しいが、名前と外見が一致しない人物は決して珍しくない、宇宙世紀である。

「…いつも、ありがとうございます」

 レオンハートが何も言わなくても、イリアは引き続きのおずおずとした調子で礼を述べた。確かにF小隊の管制はグェン大尉が行うことが殆どなので、声は覚えているのだろう。

「覚えていてくれたかい。嬉しいね」

「…貴方の声がすると、視界が綺麗に開けるんです。凄いなって、いつも思っていて…」

「光栄だ。それが管制官の仕事だが、そういう風に言ってくれるパイロットは多くないんでね」

「…これからも、宜しくお願いします」

 小さな声で、ではあるが、イリアはグェン大尉に謝意を述べ、グェン大尉も満更ではないようだ。

 そのやり取りは、レオンハートにとって、酷く意外なものだった。軍隊で喋る言葉を使えないという点では、まったくいつも通りのイリア・ゼクロスなのだが、その言葉の連なりが生み出すのは、決してコマンド入力に対する機械的なリアクションではなく、十七歳の少女が喋る、ごく自然な台詞だ。同じ小隊に一か月以上も居るが、レオンハートは殆ど聞いたことが無い。

 それがどうした、と思おうとした。要するに、すこしだけ苛立った。その事実を、どうでも良いことだと捻じ伏せて、無かったことにした。

 ブリッジには他に、通信士やその操舵手、火器管制官などが常駐している。通信士の下にはレーダーや無線を管掌する下士官が大勢居て、艦に関わる情報のすべてをやり取りしているが、パイロットに必要なものは、基本的には管制官経由で届く。だから、人数が多い割には、彼ら船務科員とは接触が少ない。寧ろ密な連携が必要なのは、艦砲を司る砲雷科だ。科員の殆どは現場の人間だが、唯一、彼らに指示を出す火器管制官だけがブリッジに居る。

「見学? 熱心で結構だね」

 そう言って席を立ち、近寄ってきたのは、火器管制官のミレイ・カッシーナ中尉。ブリッジの紅一点だが、大柄で声も大きく、一見しただけで豪快な性格が見て取れるような人なので、どう転んでも「ブリッジの華」にはなれそうもない。本人は、ただでさえ男所帯の砲雷科に居るのだから、可愛げなど必要無いと豪語するのだが。

「…私は、何も分かっていないそうなので…」

「最初はね、分かってないことが分かってりゃ十分だよ」

「甘やかさないで下さい」

 からからと笑うカッシーナ中尉に対して、レオンハートは恐縮するしか無い。軍人としての専門教育を一切受けていないイリアは「分かっていない」の度が凄まじいのだから。その辺りを、恐らくカッシーナ中尉は分かっていないだろう。ついでに言うと、同じ階級でもカッシーナ中尉の方がキャリアも年齢もかなり上になる。階級章からは分からない大きな差が、二人の間には存在するのだ。

 何も無いとしても、火器管制官は艦砲を司る重い役職だ。例えばの話で、艦長から左舷の弾幕が薄いと指摘されれば、具体的に左舷側の砲座に指示を出して弾幕を調整する。主砲を除くすべての艦砲について、照準を合わせるのは現場の仕事だが、発射指示を出すのは彼女の仕事だ。

 人類史上初のモビルスーツを用いた宇宙戦だった、U.C.0079のルウム戦役では、赤い彗星ことシャア・アズナブルが五隻の戦艦を沈めている。これより長い間、多くの人々が、宇宙戦はモビルスーツの戦力で決まると誤解するのだが、それは違う。モビルスーツと戦艦では、持てる火力があまりにも違う。数も、出力も。確かに、モビルスーツを用いて機関部やブリッジをピンポイントに破壊できれば、戦艦は沈められる。だが、そこに至るまでの火砲の嵐を潜り抜けられるモビルスーツが、一体どれだけ存在するか。それこそシャア・アズナブルやカティア・バラージュのような、一種のイレギュラーでもなければ、出来た芸当ではない。

 それほどに、火器管制官が司る火力は大きいのである。また、攻撃を担当するという意味では、広く言えばレオンハートたちモビルスーツ隊の仲間であるとも言える。

「よく勉強させてやりなさいよ。艦の構造を把握しておけば、連携取るのに便利だし、対艦戦闘の時にも参考になるんだから」

 カッシーナ中尉はそう言って、レオンハートの背を手荒く叩いた。柔道の心得があるそうだが、忌憚なく言って莫迦力で、レオンハートは息が詰まった。

 そして、ブリッジを皮切りに始まった艦内見学ツアーは、CIC、機関室、主砲制御室と続くのである。

 

 レオンハートの「授業」は、もちろん、そんなものでは終わらない。次は一体何を教えれば良いのか頭が痛くなるほど、イリアは知らないことが多いのだから。

 優先順位は、彼女の命を繋ぐのに意味があることだ。例えば、負傷時の応急処置。モビルスーツの操縦は手動で出来た方が良いが、一切合財を仕込むと途方も無い時間がかかるので、とりあえずは発艦と着艦を。拳銃が使えないし格闘も出来ない。そもそも体力自体が足りない。軍隊の常識は殆どゼロから叩きこまなければ、何も知らない。心構えも甚だ怪しい。だが、そういったことは後回しだ。

 いつ戦闘が始まるか分からないし、そうなったら、何が起こっても約束は出来ない。彼女の護衛は<ビルキス>の最重要任務ではあるが、それでさえ保証は無いのだ。レオンハートやトウヤが撃墜されるかもしれないし、イリア自身かもしれない。被弾して負傷したり、サイコミュでの操作が不可能になることもあり得る。

 それどころか、身一つで宇宙空間に放り出されることだって、無いとは言い切れないのだ。そうなった時に、助けを求める方法を、彼女は知っていなければならない。

 そして――どうやらそれが叶わないと分かった時に、じわじわ酸素を使い果たして死ぬのではなく、一思いにパイロットスーツを切り裂く方法もあるということを、知っていなければ。それは「権利」だと、レオンハートは思っている。それがあるから、命のやり取りをする場所に赴ける、その条件のひとつだと。

 ナイフはパイロットスーツのブーツ部分に仕込まれている。そのことを教えられた時、イリアは珍しいおもちゃでも見るように、その銀色の刃を見つめていた。そして言った。

「私には、これは必要ありません。例え酸素を使い果たしても、脳だけでも、回収出来れば価値があるかもしれないから」

 そういう時だけは、妙にきっぱりと言い放つのだ。自分はモルモットで、権利の殆どを放棄している、生殺与奪の権利は「F計画」上層部に帰属する、と。

 意思の使い方を間違っている。いや、それは意思ではなく、彼女が子供の頃から擦り込まれた、ごく当たり前の「現実」なのか。

 まともに考えると苛立って仕方ないから、考えないようにしよう、と自分に言い聞かせる。そんなことを言っている時点で考えすぎているのだが。

「そうじゃない!」

 埒も無い思案を強制的に振り払ったのは、シュミレーターのモニターに映った<ラキシス>の惨状だ。発艦シークエンスの特訓をつけているのだが、そもそもカタパルトに立てない。今回は、あとは脚を固定すれば管制が射出タイミングを計ってくれる、というところまで行ったのだが、直前で転んでしまった。

「モニターの中央に目的地を固定しろと言っただろうが。それがブレたから、機体がブレたんだ。もう一回」

 モビルスーツの操縦は、かなりの程度、自動化されているので、脚の運びをいちいち入力するわけではない。目的地と出力を設定すれば、あとは機体がデータベースから最適な動きを選択し、実行する。転ぶということは、目的地の設定を間違えたか、出力がおかしかったか、どちらかだ。

 出力がどうだったかは、見ていれば分かる。それが正しいなら、間違えたのは、目的地の設定だ。

 というよりも、イリアは最初から、ほぼそればかり間違えている。出力を正しく調整出来るのは良いのだが、必ず機体がブレて、転倒したり、何かを引っ掛けたりする。危なっかしくて、とても実地では出来そうも無い。もう何十回と失敗を繰り返している。

 ズブの素人なら、まずは出力だけでもマスター出来たと言うところなのだろう。だが、イリアは実戦経験のあるパイロットだ。手動でなければ、熟練と見紛う腕前でモビルスーツを操る。

 それをどう扱うかは、レオンハートにとって大いなる難問であった。

 サイコミュを使っている時も、モニターや計器類の動きは手動と変わらない。ただ、それを制御しているのが人間の手か、脳波か、その違いだけだ。だから、間違えるなら出力の方だと思っていたのだが、結果はこの有様。苛立ってはいけないと自分に言い聞かせるものの、「また駄目だ」と言う声に、いつの間にか棘が混じる。

「レオンハート」

 隣に座るトウヤが、その棘の存在を感じ取り、いい加減にしろとたしなめる。まったくその通りだ。自分の器の小ささが嫌になる。

「モニターの中央がブレてるのは、集中力…じゃねえよなぁ。だったら出力を、こんなに安定させらんねーし」

 だがトウヤは、レオンハートの苛立ちはさらりと流して、ごく現実的な情報を出してくれる。何事にも決して深入りしないが、突き放しもしない。それがトウヤの一貫したスタンスで、レオンハートにとっては何よりもありがたい。

 何を教えたら、真っ直ぐカタパルトに立てるのか。それが分からなければ、これ以上何回繰り返しても同じだ。成功しても、それはまぐれに過ぎないだろうし、そこから成功の要因を逆算するのでは、時間がかかりすぎる。

「苦労しているようだね」

 眉間に深々と皺を寄せて考え込んでいたレオンハートの後ろから、爽やかで通りの良い声がする。振り向くと、カティアが端麗な紅唇に笑みを浮かべて経っていた。

「少佐殿」

 まずいところを見られた、と反射的に思い、まず表情を取り繕おうとして、そんなことをしている場合ではない、と思い直す。と言うよりも、カティアに対して、恐らく意味が無いのか。

「ちょっと見せてご覧」

 当然、カティアはその、微妙だが些かみっともない表情の変遷を見て取った筈である。流してくれたのは幸いだった。

「ザバッシュ君はちょっと休みなさい。私が代わろう」

 そしてカティアは、いつものようにごく柔らかな態度と口調で言いながら、有無を言わさない強さでレオンハートをシートから押し出す。

「こう見えて、前職は士官学校の教官だったのでね。『教える』ということの手本を見せてあげよう」

 そう言って小首を傾げると、ふわりと淡く、甘い花の香りがする。こうして見るカティアは、やはり撃墜王にも軍人にも見えない。

「…前線に、いらっしゃらなかったのですか」

 テストパイロットをしていたのは知っているが、二百も落としているのだから、てっきりそれ以外の時期はずっと前線暮らしなのだと思っていた。少々間の抜けた質問をするレオンハートに、カティアは華やかな笑顔を向ける。

「前線に居て、子供は産めないし、育てられないからねえ」

 正直、部下に過ぎないレオンハートには、どうでもいい情報だ。が、面食らった。言われれば確かに、左手の薬指には、何だかよく分からないが凝った透かし彫りを施してあるらしい、銀色の指輪をしている。故に、既婚者なのは一目瞭然だが、そういう目で彼女を見たことが無かったので、今まで気付きもしなかった。その上に、子持ちときた。ということは、最低でも妊娠中と育児休業中、二年間は飛んですらいない筈だ。

「お子様が、いらっしゃるのでありますか」

「そう、五歳の女の子。今は夫が家に居てくれるから、私はこんなところでお仕事が出来るわけさ。危険手当様様、とでも言っておこうかな」

 イリン・クァディシンは税金の高い国家だ。成立してから日が浅く、軍事体制でもあるので、強くなろうとする。軍備には惜しみなく金を使うのだが、そもそも軍隊というものは、古今東西、莫大な予算を費やすものと相場が決まっているのだから。

 故に、片働きの家庭はとても珍しい。要するに、それでは税金が払いきれないからだ。この口ぶりからすると、カティアは夫に専業主夫をさせているようだが、それを支えているのは、パイロットとして彼女が前線勤務をする際につく、けっこうな額の危険手当だ。他にも特殊勤務手当だの何だのついているが、割合としては、危険手当が最も大きい。実戦の回数が多ければ、基本給を上回るような相場になることもある。

 一体何処の強者が、この女性を口説いたのだろう。レオンハートはつい、そんなことを考えてしまったが、その間にカティアは、今までのイリアのシュミレーションのデータを一通りチェックし終えたようだった。

 一旦席を立ち、流れるような動作で、イリアの方に向かっていく。

「バラージュ少佐」

 気付いたイリアが立ち上がろうとするのを、手振りで制する。

「そのままでいいから」

 そしてイリアの背中側に立つと、シュミレーターの操縦桿を握る、イリアの手に掌を被せる。

「ああ、やっぱり、力が入り過ぎているな。深呼吸して、もうすこし楽に構えてご覧」

 アドバイスとしては、月並みだと思う。これを言われて抜ける力なら、最初から入らない、とも思ってしまう。その一方で、カティアが言えば素直に聞けるかもしれないと、レオンハートは思う。この人の言うことなら、根拠がどうでも信じていいような気がする。何より、あの柔らかさには抗いがたい。

「触れているくらいでいいんだよ。モビルスーツの操縦系統は、けっこう敏感だからね…そう、そのくらいだ。それをキープしていってみよう」

 シュミレーターが再び起動する。

「イリア。君は、いつもは脳波でモビルスーツを動かすよね? その時は、自分の手足と同じように動くだろう?」

「…はい」

「だから、それと違うやり方で動かすことが、今一つ信用出来ないんだね。大丈夫、やり方が違うだけで、動くのは同じ、君の<ラキシス>だ。彼女を信じてあげなさい」

 囁くような、低い声。レオンハートとトウヤのところには、微かに聞こえてくるに過ぎない。だが、間近に居るイリアの耳には、くっきりと響く筈だ。そんな抽象的なことを言われて、対応出来るものか。そう言うのは簡単だ。だが――イリアは再び、シュミレーターの中の<ラキシス>を起動し、ゆっくりと動いてカタパルトに乗り――無事に発艦してみせた。

「貴様の教え方が悪かったらしいな」

 自己嫌悪するよりも先に、トウヤが手荒く背中を叩いてくれた。ここはせめて、カティアの手腕を流石だと言って、忘れることにしようか。それともその魔術の種明かしをして貰うべきなのか。

「ザバッシュ君」

 そんな彼の内心などお見通しだとでも言うように、カティアがこちらを見て、にやりと笑っている。

「教えた基礎を飲み込まない莫迦野郎は、ぶん殴ってやればいい。でも、最初に基礎を教える時は、お姫様を扱うように丁寧に、丁重に、だ。私のやり方だけどね」

 やめだ。その真似はきっと、一生出来ない。そんなことを考え込むより今は、イリアが掴んだらしき「コツ」を叩きこむことの方が先決。一回だけを「出来た」とは言わない。百回やったら百回、危なげなく成功出来る。それが「習得する」ということだ。何か掴んだのなら、嫌でも忘れられなくなるまで反復して、繰り返す。そうすることで、どんなに逆上していても、殆ど自動で体が動くようになる。手動で発艦せざるを得ない時は、母艦が被弾して、退艦を命じられた時かもしれないのだ。そんな時に限って「出来ない」では意味が無い。

 こうしてレオンハートの「授業」は、その後延々三時間も続いたのである。

 どうして終わったかと言えば、単純に、食事の時間になったからだ。最小限の休憩だけで、ひたすらシュミレーションを繰り返していたイリアは、明らかに疲労困憊で目が虚ろだったが、大人しくレオンハートとトウヤに従って、士官食堂について来た。


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