F小隊が出撃してから三十分。全体で見れば、戦闘開始から二時間が経過している。

「…なんかさ。押されてねえか、俺ら?」

 トウヤが呟いた言葉が、レオンハートの危惧とぴたりと重なる。どうも、そんな気配なのだ。前線から一歩退いている筈なのに、忙しい。つまり、突破してくる敵機が少なくないのだ。

モビルスーツの一機一機に、全体の戦局などフィードバックされない。彼らの世界は、あくまでも全天周モニターに映る僅かな空間と、光学カメラで索敵可能な範囲だけ。電波が使えない世界とは、そういうものだ。更に言うなら、全体の戦局を正確に理解していても、独りのパイロットが、ひとつの小隊がそれをどうこう出来るものではない。

 だから、当面すること、出来ることに変わりは無いわけだ。

 ただ、察することは出来る。

 今はまだ、モビルスーツ隊同士の戦闘で、お互いに戦艦が前に出てきていない。友軍は当然、この状況を打破したいだろうし、敵軍はこのまま押し切りたいだろう。遠からず、艦隊戦になるに違いない。

「そんなことを言っている間に、また来たぞ!」

 今度はイリアよりも先に、<クロト>のセンサーが反応する。<メルセデス>が一機。まずは牽制の一撃で気勢を殺いだところへ、「羽根」が襲い掛かり、<アトロポス>が接近して畳みかける。小隊編成を崩された敵だから、でもあったが、なかなか見事な連携が取れたと言えるだろう。

「イリア、まだ大丈夫か?」

 頭の片隅では煩わしいと思いながらも、レオンハートはそう問いかける。優しさ、ではない。今なら後退できる余裕があるからだ。今まさに敵機を目の前にした状況で活動限界を露呈されたら、命取りになる。

「大丈夫です。今回は楽をさせて貰っているから」

 その声に張りがあるのが、何よりの証拠だと思える。成果が出せているのが、彼女なりの自信に繋がっているようだ。今日は恐らく、ある程度期待していい。恐怖心を上手くフォローしてやることが出来ればだが。

 その時だった。三機のコクピットに、同時にアラームが鳴り響く。指揮官機からの、緊急レーザー通信だ。それほど複雑な内容を送受信出来るわけではない。モニターに表示されたのは、各小隊の新しい配置のみだ。だが、レオンハートやトウヤには、そこから読み取れることがある。

「艦隊が動き出すか…」

「つうか、少佐殿が俺らの上官で良かったよな。どーやったら前線飛び回りながら、こんだけ把握出来るんだよ」

 まったくだ。超一流の前線指揮官は、広い空間を幻視出来るという話は聞いたことがあるが、俄かには信じ難い。開けている視界は、レオンハートも、トウヤもカティアも同じだ。センサーに至っては<クロト>の方が性能が良い。それなのに、カティアにだけ見えている「状況」がある。

 いずれにしても、F小隊は前進するようにとの指示だ。後方に居る友軍の艦隊が動き出せば、戦場そのものがもうすこしコンパクトに圧縮されるだろう。そうすると、現宙域にはすることが無くなる。

「一旦、繋留だ」

 <ラキシス>と<アトロポス>の推進剤を、無駄に使いたくない。<ラキシス>の「羽根」も収納させる。乱戦になれば、バッテリーを補充するタイミングも難しくなる筈だ。

「行動持続時間は、あと二十分といったところだな」

 <クロト>と<アトロポス>はまだいけるが、イリアがぶっ続けで「羽根」を使って倒れないで居られるのが、おおよそそんな程度だ。となれば、本体が持っている「羽根」と<クロト>に収容した予備の「羽根」を、十回近く入れ替えることになる――いや、そんなことをしている余裕は無い。<クロト>のバランスが崩れるし、隙も大きくなる。

「乱戦になったら、予備を二枚だけ残して、『羽根』はすべて展開させろ」

 その二枚は、本当にいざという時のための保険だ。その代わり、展開させた十四枚をローテーションさせて、フル稼働させる。今までこなしてきたシュミレーションよりは難易度が高い。

「稼働限界時間は、当面十五分で計算する。その時点でまだいけそうなら、もう五分だ。要らん背伸びはするなよ」

「はい」

 ある程度、戦果を上げた後だからなのか、程よく力は抜けつつ張りのある、良い声で返事があった。

 友軍の艦隊すべての動きを把握することは出来ないが、母艦である<ビルキス>からは、常にレーザーを受信しているから、位置は分かる。どうやら動き始めているようだ。他の艦より、一息だけ早いが、突出するというほどでもない。

 先陣を切って殴り込みをかける気だな、とレオンハートは、艦長の内心を推し量る。ハーヴィ艦長は温厚な紳士だが、前線一筋の武人でもある。戦術家としては、寧ろ積極的な方だ。それに、部下たちが何がしか、燻るものを持っていることも知っている筈だ。

 艦隊の列を乱すほどでもない、絶妙な出方。それでも、真っ先に敵軍の砲火を浴びることにはなる。艦長はリスクを取った。それは恐らく、カティアが早々に艦隊の動きを察知し、モビルスーツ隊を再配置したことを、認識しているからだ。通信手段など無いにも関わらず。

 齟齬を来さない、見事な指揮。そう悟った瞬間に、背筋がぞくりと震える。恐怖ではない。一瞬の、高揚。やはり、自分は良い艦に乗っている。

 それでも、努めて冷静に、と己に念じる。恐らくトウヤは、この高揚のままに駆け抜けたいだろう。戦力的なことを考えても、そうすべきだ。だからその分、自分が静かでなければ。

「F小隊!」

 電波通信が入るのは、よほどの近距離だからだ。センサーの反応は、二時方向やや上。C小隊のラガード大尉だ。カティアが自由奔放なワンマンアーミーを張れるのは、この人が後をきっちり押さえるからでもある。

「お前らは、艦長(キャプ)殿(テン)の指揮下で艦隊戦をするのは初めてだったな」

 ラガード大尉はジャーヘッドがやたらと似合う、いかつい男だ。声もそれに似つかわしく、太くて落ち着きがある。カティアとは違い、ごく当たり前に軍人として、信用出来る人、という印象を与える。

「ハードだぞ。覚悟しておけ!」

 それだけ言い残して、ラガード機は前に出て行く。カティアが最初に言った通り、前衛はCとV。それは艦隊戦になっても変えないようだ。

 と言うよりも、カティアが外れたRが<ビルキス>の勅掩をするのもいつものことだし、小隊長がスナイパーをやっているLは、前に出した瞬間にその特性が殺される。Fに関しては問題外だ。前に出るなら、この二小隊しか無い。

 というわけで、Lは<ビルキス>の右舷側、Fは左舷側に配置される。そこを抜かれてもまだRが居るが、基本的には防衛線であること、前衛のCとVを援護することが主な役割になるだろう。

 ハードになるのは、先刻承知だ。正直に言ってしまえば、激戦の中で<クロト>の性能を限界まで引き出してみたい欲求もある。とんでもない機体だ、イレギュラーだ、迷惑だなどと言いながらも、結局は馴染み始めた愛機であり、使いこなすためのハードルが高ければ、目的意識も達成感も抱いてしまう。

「…案外と俺も、業が深い――」

 自分自身に失笑しながらも、レオンハートは全天周モニターの宇宙を見る。星より明るい無数の光に彩られた、絶対零度の真空。彼の職場――生きる場所だ。

 

 イリアにとって、全天周モニターに映るすべては「景色」でしかない。それで何かを判断することが出来ないからだ。彼女が感じているのは、戦場を包む「思惟」の存在。前方にある敵意と、周囲を包む、自分を守ってくれるものの意思。それらを受け止めて、機体に伝える。「止めろ」とか「守れ」とか、そういうシンプルな言葉で。それだけで、<ラキシス>は動く。本来、ビーム兵器を受けるということは、視認した瞬間には命中しているということだが、イリアと<ラキシス>はそれを回避する。同じ反応速度で「羽根」を展開させ、攻撃を繰り出せる。

 とはいえ、この戦場は広い、とイリアは思った。今までこなした、どんなシュミレーションよりも広く、多くの思惟が渦巻いている。神経を極限まで研ぎ澄ましていなければ、混ざり合ってはならないものが混ざり合って、判断を誤りそうだ。

 その動作を、敢えて人がするほかの何かに例えるなら、耳を澄ますイメージに近い。感じ取るものは、いちいち「声」の形を取って彼女の中に入ってくるわけではないが、純度が高いと、言葉として結晶することもある。

「前進減速、あと二百」

 落ち着き払った「声」。ハーヴィ艦長だ。操舵手のカーン曹長がそれを復唱し、艦が動く。

「主砲の照準を二時方向、G23、H45の座標へ。二十秒後に一斉射」

「二時方向、G23、H45了解。二十秒後に一斉射」

 これはカッシーナ中尉だ。彼女はその他にも、様々な計器類に目配りをして、弾幕の状態をチェックし、過不足なところがあれば調整するよう、各砲座に指示を出し続けている。

 人によっては、主砲を撃つ時に何か掛け声をかけたりするようだが、ハーヴィ艦長はそういうことをしない。二十秒後と言ったら、二十秒後。それ以上のことを言う時は、変更がある時だ。きっかり二十秒後に、<ビルキス>艦首のメガ粒子砲が火を噴く。宙域を両断するような光芒。向こう側の宙域で爆炎の華が咲いたが、何かを撃墜したとか、そういう都合の良い話は無いようだ。

 その一撃が、向こう側の敵意を動かす。危ない、と感じた瞬間には機体が動いていたが、元居た空間はビームの閃光が焼いていた。ふと気付けば、全天周モニターのほぼ全面を、無数の光が横切っている。これだけのビームが降り注いでも、何故か当たらない。決して、何度も回避しているわけではないのに。

 それはつまり、イリアがとても幸運だという意味でもなければ、相手の照準が甘すぎるという話でもない。一見、とても多くのモビルスーツが展開していて、矢継ぎ早に攻撃をしているようでも、宇宙空間というところは、広いのだ。

 レオンハートなら、きっとそう言う。そう思ってから、その名前が出たことに、イリアはすこしだけ驚いた。

 だが――確かに、すぐ近くに彼が居る。トウヤも。後ろにはサッシャ。前方にカティア。自分のことを気遣ってくれる人たちだ。

 この人たちを、守らなければ。

 そう思った瞬間には、「羽根」が開いていた。

 

 向かってくる無数の光線。直撃すれば瞬間的に消滅して、苦しいと思うことすら出来ない。それと分かっていて、恐怖感を拭い去るのに、どれだけかかっただろう。今はもう、淡々と「来るな」としか思えない。慣れ。麻痺している。或いは、図太くなった。何とでも言えばいい。レオンハートは<クロト>の動きを<ビルキス>に合わせ、<ラキシス>と<アトロポス>はクロトに随伴してくる。

 センサーに反応。耳障りな警戒音が鳴り響く。殆ど脊髄反射で照準を合わせ、トリガーボタンを押す。放たれた閃光が、上方から接近してきた<フラスキータ>の気勢を殺ぐ。

「イリア! トウヤ!」

 言われるまでもなく、三枚の「羽根」が<フラスキータ>に襲い掛かり、<アトロポス>が一気に距離を詰めて、ビームトマホークで斬りかかった。

 無論、一機だけでの先行は有り得ないから、続くもう一機と<メルセデス>を探す。

「十時方向です!」

 イリアの叫び。ほぼ同時に、<メルセデス>が放ったらしいビームキャノンの光が迫ってくる。その程度はIフィールドが防いでくれるから、照準を合わせて、反撃。同時並行で最後の一機を探す。これはほぼ真下の位置に居た。

「イリア、三機目だ! 最初の奴はトウヤに任せろ!」

 指示を出すのが先だったのか、それとも「羽根」が動いたのが先だったのか。少なくとも「意図を汲む」というレベルの反応速度ではない。冷静に考えれば気味の悪い話ではあるのだが、この際はただ、便利だと思おう。戦果を上げて帰投出来れば、それでいい。その上で、必要なデータはサッシャが回収していくだろう。

 飛んで行った「羽根」は、目視出来た範囲では十枚ほど。ローテーションではなく、一期に畳みかけて稼働時間そのものを短くする積りなのか。それとも、相変わらず敵意に過敏に反応してしまっているのか。

 トウヤの方は、ざっと状況を確認出来ていれば、それほど危険な状況には陥るまい。接近戦に関しては、<ビルキス>モビルスーツ隊の中でも指折りの実力者だ。その辺りのパイロットに遅れを取るとは思えない。

当面、レオンハートの相手は、最も距離を取っている<メルセデス>。その合間に<ラキシス>の動きを見て、援護射撃を入れる。兵装の数がそもそも多く、いちいちマニピュレーターに持ち換えをさせなくても済む、モビルアーマーだから出来る起動だ。とはいえ、難易度は著しく高い。それでなくても<クロト>の操縦は手数が多いというのに。

「まったく、我ながら、よくやる…!」

 その上に、そんなことを呟いていた。救いようが無い。

 だが、どうやらイリアは大丈夫そうだ。残る一機の<フラスキータ>に向かわせた「羽根」は十枚ちょうど。最初にすべて使って波状攻撃を仕掛けた後は、きっちり四枚を戻して充電しているようだ。トウヤの援護に向かわせていた「羽根」も戻している。冷静に動けさえすれば、彼女の動きはベテランパイロット以上になるだろう。パイロットの立場としては、些かならず口惜しいが。

 面白いことに、F小隊の三人それぞれが相手していた三機が、ほぼ同時に撃墜判定となった。妙なところで息が合うとでも言うべきか。

 そして、その頃にはもう、<ビルキス>はトリウィアの艦列に突っ込もうとしていた。傍目には、猪突にしか見えない。それをいかに、果敢にして有効な攻撃に仕立て上げるか。それがこれからの<ビルキス>乗員たちの腕の見せ所だ。

 <ビルキス>から放たれる火箭は、前方の一点に集中しているように見える。ハーヴィ艦長は、そこを「突き崩すべき一点」と睨んだわけだ。当然のように、その「一点」に敵の砲火も集中する。<フラスキータ>と<メルセデス>の大軍が群がる。

 飛び散るメガ粒子だけで飽和しそうな空間を、有り得ない速さで切り裂く黒い影が居る。他の誰でも無い、彼らに「来い」と言ったその人、指揮官たるカティア・バラージュと、その愛機<アズラエル>。あの速さで動きながら、彼女の身体はどうやってGに耐えているのか。いかほどの動体視力で視界を捕え、どれだけの速さで考えて、行動に移すのか。相変わらず、見れば見るほどに信じがたい。

 その上また、モニターの片隅に、通信文が入ってくる。

「戻ったら一杯奢るよ」

 全体を見下ろす、何処にあるのか分からないもう一つの目が、部下たちをちゃんと見ている。

「なあ、レオンハート」

 トウヤの声が、ほんのかすかに、上ずっている。昂揚感。これから飛び込む戦場への。そして、自分が属している集団への。

「…俺ら、良いトコに居るよな」

「ああ、まったくだ」

 こればかりは、即答で返せる。レオンハートは相変わらず、F計画というものを胡散臭いと思っているし、その他にやるべきことが幾らでもあると信じている。<クロト>という機体も、馴染んだなりの愛着はあるが、好きか嫌いかで言われれば、嫌いなのだろうと思う。

 それでも――<ビルキス>のモビルスーツ隊に居られて良かったと思う。ハーヴィ艦長の決断は間違っていない。自分たちが、期待された通りに動けるならば、必ず戦果は上がる。戦場の全体図を把握出来ない彼には、本当はその、正確な判断は出来ないのだけれど。

そう思える理由は、ふたつだけ。ハーヴィ艦長とカティアを、信用出来ると思うからだ。特にカティアは。

軍人たるもの、それが嫌でも、有り得ないと思っても、命令を受ければ忠実に実行し、命を懸けなければいけない――時には、捨てることもあるだろう。だからせめて、信用出来る相手に命を預けたい。それが叶えられるというのは、ある意味では最上の喜びなのだ。


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