核パルス融合エンジンを点火する。電源はひとまず「待機」モード。気密性を確認。油圧、電圧はともには正常。燃料(プロペラント)は充填済み。推進剤は必要無い。ミサイルとレールガンは装弾されているし、メガ粒子のエネルギーパックもすべて装填済み。機体各部の稼働状況に問題は無く、損傷個所も無し。所謂、コンディション・オール・グリーン。自分だけなら、いつでも発艦可能な状態だ。

 続いて、有線で通信を入れる。相手はトウヤだ。

「出られるか」

「いつでもいいぜ」

「了解だ」

 音声通信のみで、所要時間は三秒。信頼出来る相手なら、これで足りる。続いて切り替えた回線は、<ラキシス>のコクピットへ繋がる。

「状況を報告しろ」

「出撃準備は完了しています」

 返ってきた声が、レオンハートの神経を逆撫でる。それは<ラキシス>のパイロットであるイリア・ゼクロスの声ではなく、そのインストラクターを務めるサッシャ・ウィンターの声だからだ。何故、この期に及んで、パイロットでない人間がコクピットの中に居るのか。サイコミュの調整だとしても、遅すぎる。

「報告はパイロット本人からさせてください」

 意識して声から抑揚を排除する。EVAの一件以来、どうにも彼女に対しては意識過剰になりがちだからだ。だが、今はこちらが正しいと断言出来る。出撃前だ。

 電力の無駄遣いになるから、通信は音声のみだが、サッシャの鼻白んだ顔が目に浮かぶ。眉根を寄せ、唇を噛んで、顎にも皺を寄せて――それでも、自分の立場をわきまえない人間ではないから、何も言えなくて。

「準備完了です、ザバッシュ中尉」

 そんなサッシャに助け船を出したわけでもあるまいが、今度はイリア本人からの声が入る。これに抑揚が無いのは、排したわけではなく、元からだが。

「サイコミュの同調率に問題は無いな」

「はい」

「では、ウィンター女史には外に出て頂くように」

 今度こそ、<ラキシス>のコクピット内マイクが、サッシャの息を呑む音を拾う。確かに、あまりにもあからさまな態度とは言えるだろう。だが、ここは戦場と地続きになっている。能う限りプロだけで切り回したい。

「大丈夫よ」

 その次にマイクが拾った音声に、レオンハートは軽く息を呑んだ。イリア・ゼクロスの声だ。

「心配しないで、サッシャ。あとは一人で出来るから」

 それでもまだ、素っ気無い響きだとは思う。だが、それでも、初めて彼女が口にした、人間らしい言葉だ。棒読みでもなければ、コンピュータの合成音声にも聞こえない。紛れも無く、イリア・ゼクロスの心から生まれて、望まれて音になった言葉だ。「母親」には、ああいう風に喋るのかと思うと、酷く新鮮な気がする。

 しばしの沈黙。そしてイリアが、再び言った。

「出撃準備完了です」

 それ単体で聞けば、やはり無機質に響いたのだろう。だが、今回ばかりはそこに、彼女の意思を感じてしまう。

「…お前の役目は、データを取って、生きて帰ることだ。フォローはこちらでする。無理はするな」

 優しい言葉、にも聞こえる。確かにレオンハートはトウヤと話した。大人の都合で兵器になった子供を、死なせてはいけないと。その一方で、イリア・ゼクロスというニュータイプを実戦投入してデータを取ることは、まさしく彼らF小隊の任務そのものだ。そのために、レオンハートとトウヤは選ばれ、ここに居る。それだけの言葉、でもある。

「頑張ります」

 いつもとは違う硬さを、その声から感じた。恐らくは、緊張。兵器として育てられた少女にも、初めての実戦を前にした緊張は存在する。あまりにも当たり前のことだが、それが何故かレオンハートを安心させる。

「大して効果は無いが、深呼吸でもしておけ。外に出たら、あとはすべて、恐ろしい勢いで過ぎていく。今、何を考えていても、気が付いたら終わっている。初めての実戦とは、そういうものだ」

「はい」

 こればかりは、彼女でなくてもこうとしか答えられないだろう。終わってみて初めて、振り返って「そうだった」と言う余裕が生まれる――生きて還れれば。

 レオンハートは通信を切り、今度はブリッジの戦闘管制官とカティアに、F小隊全員の出撃準備が整った旨を報告する。

 カティアはいつもの穏やかな調子で返してきた。

F小隊、私について来られるか?」

 何処となく、笑みを含んだような声だ。聞いていると何故か落ち着く。

「それは、スピードでという意味でしょうか?」

「そんなつまらないことを聞いたりしないよ。出来て当たり前だからね」

「では、<アズラエル>の機動に付き合えと?」

「それ以外に何があるのかな?」

 カティアはいつでも綺麗に化粧を施している。その、紅く彩られた唇が、綺麗な弧を描く様子が見えるようだ。

「…お供させて頂きます」

 上官から何かを提案させたら、出来るとか出来ないとか言わないで、やってみせる。そして成功させること。レオンハートはそれを、軍隊で生き延びる方策だと心得ている。そうすることで評価されてきたとの自負もある。

「よし、それじゃあ、F小隊は私と一緒に先行しろ。Rの残り二機で<ビルキス>の周辺を警戒させる。右翼にC、左翼にVで、Lは後方から援護だ」

 あの非常識な速さについていかなければいけない。しかも今度は、カティアの手足とも言うべき愛機<アズラエル>に。正直言って空恐ろしいが、命じられたら、やるだけだ。そう思うと、肝が据わる。

「トウヤ、イリア。聞いての通りだ。発艦したらすぐに繋留する。そのまま飛ぶから、振り落とされるな!」

 据えるべきものを据えたら、あとはすべてを動かす。手、足、頭。目と耳、神経、感覚器官を総動員して、必要な情報を集め、行動にフィードバックする。恐ろしい速さの奔流。初めてでなくとも、実戦とはそういうものだ。

F001、発艦シークエンスに入れ。続いてF002003を発艦させる。R001はその後だ」

 主任戦闘管制官のグェン大尉から指示が入る。了解、とだけ返して、フットペダルを踏み込んだ。

 レオンハートの乗機<クロト>はモビルアーマーだ。ダークグリーンに塗装されたボディは全長40mを越える。<ビルキス>下部の特殊デッキは、機能面で言えば、この機体を発着させるためだけに設けられたと言っても良い。

 これほどの大きさの機体を射出出来るカタパルトは無いから、言ってしまえば、ただ針路の確認をされて、外に出されるだけ。そこから先は自前の推力だけで動く必要がある。

 <クロト>には推進剤が積まれていない――要するに、他の機体とは推進や姿勢制御のシステムが、根本から違う。ミノフスキー・ドライブ・ユニットと言う、これも過去の遺産を装備している。超圧縮したミノフスキー粒子を反発させ、そこから生まれた斥力を以て推進剤に換える。言葉にしてしまえばこれだけのシステムだが、理論上は亜光速まで出せるそうだから、桁外れの巨大なエネルギーを制御せねばならない。

 因みに、理論上は亜光速と言っても、本当にそんなことをすれば、機体はばらばらに砕け散り、パイロットは荷重で潰れる。機体と肉体、双方の耐久性を考えれば、せいぜい通常のモビルスーツの一・五倍速。後先を考えなければ二倍までならどうにかなるかもしれない。

 通常のモビルスーツの二倍以上になる巨体と、莫大なエネルギー。容易に想像がつく通り、極めて操作性の低い機体だ。トウヤが言うように、本当に全軍の中で自分だけが適性検査に合格したのかどうか、レオンハートは知らない。だが、確かに、これを扱える人間はそうそう居ないだろうとは思う。彼自身も、訓練時には何度か血を吐いた。

 それでも、選ばれて任されたことを、どうしてか光栄だと思えない。お前だ、と言われてから、今までずっと。

 イレギュラーなものになりたかったわけでないのだ。いや、寧ろ、目立ちたくなど無かった。地味で無難だが、よく見れば有能な軍人。それが、彼のなりたかったものだ。

 しかし、それを目指して淡々と生きてきたら、いつの間にか士官学校では学年主席になり、任官したら同期のトップを切って中尉に昇進し、挙句の果てに、とんでもない任務を任されている。とんだ人生だ。

 頭の中でつべこべ言っている間にも、状況は動き続ける。

F001、進路クリアだ。発艦を許可する」

F001了解」

 電源を「行動」モードに切り替え、操縦桿をぐっと押す。起動(マニュ)開始(ーバ)、そして発艦シークエンスに入る。固定されていた機体がふわりと浮き上がり、開放されたハッチへ向かう。

F001、出撃する」

 その声と同時に、<クロト>の巨体は虚空に放り出された。

 まずは、後から続く<アトロポス>と<ラキシス>のために、母艦からの距離を取る。同時に母艦から出ているガイドレーザーを受信。これをやっておかないと、後でどちらに戻ればいいか分からなくなる。続いて今度は<クロト>のガイドレーザーを照射。このモビルアーマーには

左右に一機ずつモビルスーツが繋留出来る。要はF小隊の他二機を連れて飛べということだ。二機とも、発艦したらこのレーザーを受信して、オートで繋留シークエンスに入る。

 呆れるほどシュミレーションを繰り返した基本動作だ。<ビルキス>に着任して以来、かれこれ一か月、遊んでいた筈も無いから、訓練で実際に行ったことも何度もある。仮に手動でやったとしても、オートと大した時間差は出ないだろう。

 正面のモニターに、繋留完了のポップアップが浮かぶ。メインモニターでは、カタパルト上に出ている<アズラエル>の姿も確認出来る。恐らく、射出されたら後は一気だ。

「少佐殿に続く。振り落とされるなよ」

 まだ、この二機を繋留した状態で全速を出したことは無い。F小隊のメンバーは、ミノフスキー・ドライブの機動を想定して、対G耐性の高い特殊仕様のパイロットスーツを着用しているが、それでも10Gを超える荷重がかかれば、肉体的な負担は重いと言える。それでも<クロト>は図体分だけショック・アブソーバーやGキャンセラーは性能の良いものを積んでいるが、<アトロポス>と<ラキシス>は、その方面に関しては<エスター>と何ら変わりない。

「イリア・ゼクロス」

 接触回線を個別で繋ぐ。

「歯を食い縛っておけ。舌を噛むなよ」

「はい」

 そこまでで、回線を切った。ここから先は、機械でいい。その方が生き残れる。

 センサーに反応。<アズラエル>が発艦する。カタパルトで勢いをつけた上に、ミノフスキー・ドライブで加速をかけるから、一瞬で捕捉出来ないほど遠くなる。置き去りにされるわけにはいかない。

 フットペダルを一気に踏み込み、こちらもミノフスキー・ドライブで加速する。

「進路は空けておくぞ」

 爽快で仕方ないという調子で、カティアが言う。要するに、彼女の航跡をあやまたずに辿るなら、そこに危険なデブリは無いということだ。口で言うのは簡単だが、実際には、切れ切れに存在する安全地帯を繋いで、細い一本の道を繋ぐことになる。それを目視で確認して、飛んでいくということか。一体どういう視力をしているんだ。苦笑したい気持ちもあるが、それについて行けるとすれば、決して悪い気はしない。何しろ、クリアな進路で全速力を出せることなど、そう滅多と無いわけだから。

「お供します!」

 そこで、はたと気づき、高鳴りかける鼓動を止める。確かに、出せない筈の速度が出せるのは、気持ち良いだろう。その速度を、共に翔ける相手があるのは、稀有なことだとも思う。だが、自分は撃墜王ではなく、その一介の部下に過ぎない。はしゃがないことだ。行く先は戦場でしかないのだから。

 そう念じながら、レオンハートは<アズラエル>を追って、光の矢になった。

 

 レオンハートたちF小隊が<ビルキス>に揃ってから、ほぼ一か月になる。その間は至って平穏なもので、航海を続けながら訓練を繰り返した。軍隊の生活である以上、それだけでも簡単ではないし楽でもないが、何の突発事態も無く、すべてが計画した通りに過ぎていった。

 そこへ、司令部から伝文が入る。曰く、そろそろF小隊を実戦で使ってみろ、と。

 U.C.100年代の前半から、宇宙は慢性的に戦争状態にある。イリン・クァディシンもその流れの中で成立したコロニー間軍事連盟が母体で、国家としての体裁を成しているのは、僅かにこの二十年ほどに過ぎない。それでも、宇宙のほぼ三分の一を掌握するに至ったのは、軍政ならではのラディカルさ故だろう。

 残りのほぼ全域を統べているのは、月に首都を置く巨大国家・トリウィア共和国だ。一体何時から、イリン・クァディシンのどの部分と対立していたのかは、レオンハートもよく知らない。ただ、未だに停戦に至らず、慢性的な小競り合いを繰り返している。恐らく戦争を織り込んだ形で宇宙の経済が回り続けているからだ。それと、イリン・クァディシンの方が特に、好戦的な体制をしているせいもあるだろう。それで食べている立場として、何を言うものでもないかもしれないが。

 ともかく、行くところへ行けば、戦闘状態など幾らでもあるし、作れる。それが今の宇宙の状態だ。

 <ビルキス>は母港であるコロニー<アビガイル>があるL3宙域を基本に行動していたが、月に近いL1への移動を命じられた。要するに、その辺りに行けば、小競り合い程度の戦闘が断続的に起きているというわけだ。

 そして、いざ目の前にそれらしい状況を発見したので、許可を得た上で介入をしよう、というのが今の状況だ。先方の友軍は、一応司令部から「特務艦が行く」というようなことは聞かされていたようで、怪訝そうな顔だけして、あとはご自由にと言ったそうだ。レオンハートにはその気持ちがよく分かる。自分が逆の立場だったら、得体の知れない連中に現場を荒らして欲しくは無い。断れないなら、せめてそいつらに厳しい状況を押し付けて、自分の損害を軽くしたい。忌憚無く言えば、使い潰して上等。このくらいのことは、思われても仕方ないだろう。

 加えて<ビルキス>は艦載機の数が多い。モビルスーツは三機を以て一個小隊となし、二個小隊で一個中隊、二個中隊で一個大隊を形成するが、正規のモビルスーツ部隊だけで、この一個大隊が組めるのだ。プラスアルファでF小隊も居る。これ以上の数を揃えたければ、空母級の艦を出す必要がある。早い話が、何か結果を出さなければいけないだけのものを持ってしまっている。

 メインモニターの中央には<アズラエル>の後ろ姿が映っている。常にその位置で捕捉して追いかけるようにしているが、これが至難の業だ。こちらは40m超の巨体、あちらはモビルスーツとしても小柄な13mそこそこだという事情もあるのだが、何しろ速い。それでも三倍速ではないようだから、F小隊を置き去りにしないように気を使っているということだろう。そして何より、微細なデブリを避けているからだが、軌道が複雑極まりない。上昇と下降、左右への旋回を繰り返しながら翔ぶ様は、例えば猿やリスのような野生動物が木から木へ渡る様にも似ているし、C級のアニメーションに出てくるニンジャのような動きに見えなくもない。

「間も無く戦闘宙域へ突入する」

 その非常識な機動をしながら、カティアが通信を入れてくる。未だ音声が明瞭なのは、ミノフスキー粒子の濃度がそれほどでもないせいだろう。

F001は距離を取って全体の状況を把握し、後続へフィードバックを。F002は繋留のままで待機だ。火の粉が降りかかった時だけ払えばいい。F003は私について来い」

 下された指示は、レオンハートとトウヤ、双方が想定していた内容のものだった。モビルアーマーは極力、敵機に近付いてはいけない。図体が大きい分、小回りが利かないし、単純に的として見てもサイズが大きい。懐に入り込まれて、ビームサーベルで切り刻まれたら、あっという間に撃墜されてしまう。代わりに、これはF001<クロト>に関してだけだが、一般的なモビルスーツよりは優れた索敵能力を備えているから、引いた視点で見れば状況の把握も容易だし、僚機や母艦に伝えられる情報量も多い。

 そうして戦場の流れを見定め、味方が揃って高度指針が定まらないことには、戦力と言うより実験体であるF002<ラキシス>は動かせない。F003<アトロポス>は、遊ばせておいても仕方ないから、小隊編成より小さなタッグ編成になるが、<アズラエル>と一緒に状況に介入してみよう、中から見えるものもあるだろう、という展開になる。

F001了解。F002F003もいいな」

「はい」

「了解だ」

 イリアとトウヤに形ばかりの確認を取りながら、早々に光学カメラとセンサーを動かし、無数の光が明滅する、戦場の全体を捉える。敵機の数と種別、配置。それに対する友軍機の数。結論から言えば、現状で五分。<ビルキス>のモビルスーツ隊が合流すれば蹴散らせるような数字だ。

「ザバッシュ君、異様に速い機体は居ないか?」

 立ち去り際に、カティアがそう尋ねた。

「…現状では確認出来ません」

「そうか。では、見つけたら教えてくれ」

 それだけ言って、<アズラエル>は一路、戦場の真ん中に飛び込んでいった。<アトロポス>が全速でついていくが、かなり苦しそうだ。まさか、置き去りにはすまいが。


つぎへ



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