10時方向、座標B33

10時方向、座標B33、アイ」

 ハーヴィ艦長が短くポイントだけを指示する。カッシーナ中尉がそれを復唱し、適宜の砲座に信号を送る。レーザーセンサーが捉えていた敵の機影が散開し、戦闘開始の合図となった。

 破損が大きく火力が手薄な右舷には、L小隊とF小隊。ただし、F小隊はレオンハートとトウヤのほかに、<エスター>でカティアが加わる編成だ。イリアはC小隊と一緒に正面だ。左舷にV小隊。カティアを外したR小隊はブリッジ周辺を固める。

「ザバッシュ君」

 鋭い声で、カティアが呼ぶ。

F001、了解」

 最初の一撃は、いつもレオンハートの仕事だ。メガ粒子砲の照準を定め、ミサイルとレールガンがビームを追う。そこに<ビルキス>の艦砲が連なり、鮮やかな爆炎が宙域を染め始めた。

「君は今回、物理的に『盾』だから。Iフィールド全開にしてそこに居なさい。ただし、砲撃の手抜きは許さない。弾幕の代わりでもあるからね」

 ミノフスキー粒子が戦闘濃度に達しているので、至近距離の通話だが、ノイズが酷い。それでも、カティアのしたり顔が目に浮かぶようだ。

「副砲の代わりに働けと?」

「出来るだろう?」

 そう言われると、嫌とは言えない。それは腕に覚えのある軍人なら誰でもそうだろう。

「無駄口叩いてる間に、来ますよ!」

 前方からの火箭が届いた。敵モビルスーツのビームライフルだ。トリウィアの通常編成である、<フラスキータ>二機と<メルセデス>一機で、ビームは<メルセデス>が背負ったキャノン砲からのものだ。

「じゃあ、行ってこようか」

 イリアの紅い唇が、不適な笑みの形を作るのが見える気がした。

 普段のイリアは<アズラエル>の超高速を駆使して、同時に複数の敵機を翻弄する。だが、今回の機体は<エスター>で、どう酷使しても<フラスキータ>や<メルセデス>と同じ速度しか出ない。バーニアの出力に関しては。

 問題は、起動だ。カティアが操る機体は減速しない。それは<エスター>でも同じだ。瞬時に最短のルートを定めて最初の<フラスキータ>の懐に入り込み、減速無しでビームサーベルの一撃を与えた後、衝突寸前でその機体を蹴飛ばして方向転換する。そのまま反転して、今度はビームライフルの一撃。<フラスキータ>は成す術も無く撃墜された。

「まず、ひとつ」

 無茶苦茶な使い方をすると思う。自機の消耗も激しいから、はっきり言えばカティアほどの実績と実力を持つパイロットでなければ、整備中隊から総スカンを食らって、仕事が出来なくなる危険性もある。パイロット本人の身体への負担も相当なものと思われ、どうしてカティアが平然とあれに耐えるかは、<ビルキス>全乗員にとって謎だ。

 それでも――その機体が描く軌跡は流星に似て、ただ鮮やかだ。

 負けじとレオンハートが<メルセデス>を牽制し、トウヤが残りの<フラスキータ>に斬りかかる。<アトロポス>の獲物はビームトマホークで、サーベルよりは出力がある。機体のパワー自体も勝っているから、正面切って戦えば、トウヤの勝ちは揺るがないだろう。

 そんな風に全体を見渡しながら、自分は火砲で敵機を散らすことに専念していたら、頭部にスコープを装着した<エスター>がその一機を捉えて、ビームサーベルで一刀に切り捨てる。機体の形状からも分かる通り、アルフリーズ機だ。

「貰っといたぞ、若造」

 要らない憎まれ口を叩くのがこの人らしいところかもしれないが、そこからはL小隊の残り二機と見事な連携を見せて、また次の一機を屠りにかかる。相手は<ビルキス>の損傷個所を狙って兵力を集中してきたようだが、正直言って、相手が悪かったとしか言えない。

 その頃にはトウヤも、組み合っていた<フラスキータ>を大破させている。カティアは相変わらず、減速無しの無茶苦茶な起動で、別の敵機を翻弄している。レオンハートはその一機に照準を定めて、トリガーボタンを押した。迸った光芒が、正確にその機体の真ん中を撃ち抜く。撃墜だ。

「左舷側が暇そうじゃないか」

 カティアがそう言うのが聞こえたが、全体に満遍無く兵力を分散させるなど、愚かなことだ。突破すべき点を定めてそこに力を注ぐのが戦術の常道なのだから、何処か一か所が激戦になるのは仕方ない。

「それを見越して、ここに来てるんでしょうよ」

 応じたのはアルフリーズで、今度はスナイパーライフルを肩に、何処かを狙っている。

「届きそうかい?」

「やってみましょう」

 その声とほぼ同時にスナイパーライフルが火を噴き、レーザーセンサーの圏外にあたる遠距離で、爆炎がひとつ、咲いた。

「当たったかな?」

「懸けてもいいですよ」

 何気ないやり取りに聞こえるが、今は戦闘中で、二機とも動いている。自分も敵機を狙いながらだが、レオンハートは呆れた。あの位置で爆発出来るものといったら、敵母艦しか無いではないか。どういうスコープを使っているのか知らないし、ライフルの細かいスペックも承知していないが、あれは艦砲射撃の距離だ。

「だったら、君の仕事は免除するから、もう何発か当てろ、大尉。母艦を引きずり出して、徹底的に叩いてやる」

「そいつぁ、豪勢なこって。どうも」

 アルフリーズ大尉はそれだけ言って、もう一度<エスター>の肩にライフルを固定する

本当に狙う気だ。

「少佐殿。モビルスーツ隊をある程度叩けば、敵は撤退するのでは?」

「それで、また補給を受けたら追撃してくる。或いは増援が来たら」

 無謀だ、とレオンハートは思ったが、カティアは取り合おうとしない。

「艦長の許可なら得ているよ。状況次第だが許可する、と」

 こともなげに言いながら、カティアの<エスター>がビームサーベルを引き抜き、向かってきた<フラスキータ>と切り結ぶ。

「ひとまず我々は、モビルスーツを減らすことに専念すればいい。ほら、カトリオン中尉!」

 同程度の出力の筈なのに押し勝てるのは、駆け引きが抜群に上手いからだ。弾き飛ばされた<フラスキータ>に、トウヤの<アトロポス>が襲い掛かる。その背後を<メルセデス>が狙っていたので、レオンハートが迎撃する。

「そうだ、それでいい。それからザバッシュ君は、ブリッジにレーザーで連絡を。アルフリーズにクレイモア弾を使わせると」

 それはまた、えげつないことを。ごく正直に言ってしまえば、レオンハートはそう思ったが、上官の命令なので、そのままをレーザー通信にして、ブリッジのグェン大尉に連絡した。いつもならカティアが自分で連絡するのだが、今回は使っている機体がいつもと違う。通常のモビルスーツには、レーザー通信の受信機能はあっても発信機能は無いのだ。もうすこし距離を詰めれば無線が繋がるだろうし、ブリッジまで行って接触回線という手もあるのだが、<クロト>のレーザー通信機能を使うのが最も確実で、早い。

 因みにクレイモア弾とは、中に無数の小さな鉄球を仕込んだ実弾で、着弾と同時にその鉄球が四散する。広範囲に確実な被害をもたらす弾丸ではあるのだが、禁じ手に近い扱いを受けている弾丸でもある。

 宇宙空間で実弾を用いるということは、非常に危険で神経を使うことなのだ。レオンハート自身、<クロト>のミサイルやレールガンを使う際は、少々神経が磨り減るのだ。

 というのも、宇宙空間で放たれた実弾は、何処かにぶつからない限り、永遠に飛び続けるからだ。大気による摩擦が生じないので、慣性のままに突き進み、減速もしないし威力も減らない。敵機に当たらなかったとして、その先何処に行ってしまうか分からなくなる。味方機に当たる危険性もあるし、民間機やコロニーの横腹を貫かないという保証は無い。また、何処に当たったとしても破片が飛び散り、デブリを生み出すことになる。

 故に、実弾兵器を実装したモビルスーツはあまり多くないし、使う方も慎重になる。

 そこにもって、クレイモア弾だ。四散した鉄球のうち何割かは、敵機ではないものに当たるだろう。生まれるデブリの数も、通常のミサイルの比ではない。

 それを敢えて使うのは、ひとつには<ビルキス>が非常事態だからだが、もうひとつには、カティアがアルフリーズの腕を、信じているからだ。必ず当たる。それも、最大限の鉄球を敵母艦にぶち込める位置で。その確信が無い限り、こんな恐ろしい決断は出来ない。いや、確信があったとしても、恐らくレオンハートには出来ない。

「ザバッシュ君、相手は戦艦だ。ブリッジは狙ってみるが、多分、我々では落とせない。それは艦長にお任せしよう。だから、そこまでは持っていくよ」

 けれどもカティアは、そのほかのすべての時にそうであるように、穏やかで、落ち着き払っている。今日、既に二機を落として、今も縦横にモビルスーツを駆っているにも関わらず。

「L002と003はペアでL001を護衛。F001と003、忙しくなるぞ!」

 そしてきっぱりと、そう命じる。確かに、スコープに標的を捉えている狙撃手は無防備だ。それはモビルスーツであっても、人間であっても変わらない。狙撃手は一人ではなく、スポッターや護衛と一緒に行動する。それは旧西暦時代、人間が目視で狙撃をしていた頃と変わらない。

「超過勤務手当下さいよ!」

 一番前で「盾」の役を務めるトウヤが、軽口を叩く。戦線から三機の味方が消えれば、残り三機にかかる負担が倍増するのは当たり前で、中でも最前線の彼には、かなりの圧がかかっているに違いない。

「とりあえず、戻ったら何か食べさせてやるよ」

 その一言とともに、カティアの<エスター>が前に出る。自然と、カティア機と<アトロポス>がペアを組むような格好になった。いつもは単機で暴れまわる彼女がそういう行動に出るのは、レオンハートにとってもトウヤにとっても、意外ではあった。が、それだけ期するものがあるということ、それだけ状況が厳しいということは、伝わった。

 カティアとトウヤ、L小隊を別個にフォローし、援護するのは、非常に難易度の高い仕事だ。どちらにも均等に集中力を配分しなければいけないが、片方の状況が厳しいと、すぐにもう片方を忘れそうになる。加えて、我が身も決して安全ではないのだ。何度でも言うが、モビルアーマーは距離を詰められれば無力だ。切り刻まれて、すべてお終い。だから、最大限の注意を払うべきはそこだ。

 と、そんなことを言っている傍から、二組のペアを抜いて、肉薄してくる<フラスキータ>が居る。言わんこっちゃない、と舌打ちして、その起動を読む。そう何度もやりたくない荒業だが、時には仕方ないだろう。予定される進入角度に、敢えて、<クロト>を突っ込む。これには相手も焦るだろうが、速度と角度から逆算して、カティアでもない限り、今更何かを変えることは出来ない。至近距離からレールガンの一撃。コクピットを貫通する。殆ど砲身が突き刺さる寸前の距離だ。最大限の逆噴射で衝突は回避したが、凄まじい荷重に息が詰まって、内臓が潰れそうになる。トウヤにでも「貴様が抜かれるからだ」と言ってやりたかったが、声など出ない。

 何度もやりたくはないが、この戦闘が終わるまでにまだあと何回か、こんな起動を強いられることもあるだろう。母艦の火力が足りない状態だから、ここまで敵機の接近を許してしまう。そもそもの条件が過酷だ。

 それでも、ふと、その時思った。正面に居る筈のイリアは、まだ無事に戦っているだろうか、と。サイコミュの同調率が低い。病み上がりで、きちんと調整したわけでもない。自分なら絶対許可しない条件下で、それでも「やる」と言った。この艦を、艦の仲間を守るという、彼女の意志――イリアが今、そこに拠っているもの。それを大事にするという意味では、カティアの決断は正しいのだと思う。

 あとは、生きて帰ればいい。ただ、そう思った。


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