戦死者の名前は、ディドー・バーテング少尉、コールサインはV002。享年二十五歳。カティアはV小隊の小隊長であるカトラル中尉から報告を受けると、「良いパイロットだったね」と言って中尉の肩を叩き、後は淡々と事後処理の指示を出した。所定の死亡手続きと、予備パイロットのキャシディ少尉をV002の後任にすること。遺品整理。遺族への手紙を書くこと。パイロットと機体の補給申請。報告書を上げると、副長から艦全体へ通達がある。何割の乗員が、それをきちんと見ているかは謎だ。モビルスーツ隊では初めてでも、<ビルキス>全体では初めての戦死者ではない。今後、より過酷な局面に投入されていけば、毎回のように戦死者が出ることもあるだろう。ここが初任地ではなのなら、前に別の戦場で誰かの死に遭っている可能性もある。いちいち反応していられないし、気に留めている余裕も無いかもしれない。

 軍隊におけるパイロットとモビルスーツは、ある意味では備品であり消耗品だ。そのことを考えれば、誰もが妥当な処理をしているだけだ。戦時下の軍隊では、次々と人が死んでいく。いちいち考えて、感じていたら、身が持たない。一連の手続きは、それをしている間に気持ちの整理をつけろという、温情であり、猶予期間であり、儀式でもある。

 こういう時、レオンハートは殊更にその仲間の話はしないことにしている。過剰に感傷的になるからだ。それでも割り切れないものを感じたら、酒でも飲んで眠ってしまうに限る。トウヤもその辺りは似ているようで、短く「あんま、接点無かったけど…悪い奴じゃなかったよな」とだけ言って、口を噤んだ。

 だが――そこで二人は、同じ場所に居る、軍人ではない存在に思い至る。

 その時、イリアは既にそこには居なかった。一度インプットしたコマンドには忠実で、きちんとフィオと整備の打ち合わせを済ませ、戦闘報告書も提出済みだ。恐らくもう、サッシャのところに戻っている。

「あいつ、さ」

 口火を切ったのはトウヤだった。

「人が死んだの、初めてかな。その、一応でも知ってる相手が、ってことじゃ」

「さあな」

 わざと素っ気なく返したのは、深入りしたくないからだ。その一方で、ここは深入りすべきではないか、という思いもある。

 これから先も、この場所に居る限り、彼女は誰かの「死」に出会う。今は、何の痛みも感じず、機械的に出来ていても、いつか、自分が「羽根」に命じた先に、誰かの命があることに気付く。「死」に、何度も出会い、向き合うことを繰り返すうちに――気付く筈だ。

 その時、彼女は何を思うだろう。まだ十七歳の、子供の心で。

 確かに、イリン・クァディシンは国民皆兵の体制をとっていて、健康上の理由が無い限りは、十八歳で成人を迎えれば二年間の兵役に就く。そうなれば、何人かは生きて帰ってこないし、何人かは人の死に目に遭う。とはいえ、彼らはせいぜい、銃座に就くくらいだ。引き金は引いても、それが命中したかどうかを知る術は無い。二等兵が自動小銃を持って歩兵をしていた時代とは、少々事情が違う。

それに対してイリアは、相手の被弾状況を把握出来る。機体のカメラには戦闘の一部始終が録画されているし、把握出来る限りの戦果は報告しなければならない。

 要するに、自分が今日、何人殺した可能性があるか、嫌と言うほど分かるのだ。

 パイロットが特殊であり過酷である理由のひとつは、ここだとレオンハートは思う。生きるためだ、それしか食う方法が無いからだ、と繰り返し自分に言い聞かせて、どうにか感覚を麻痺させた時期が、確かに自分にもあった。今はもう、お互いを記号か何かに見立てて、機械的に処理することが出来るようになったが。いや、「出来るようになってしまった」とでも言うべきだろうか。

 レオンハートは何も言わなかったが、トウヤが先に動き出していた。キャットウォークのフェンスをひらりと乗り越える。

「様子、見に行こうぜ」

「…まあ、食事の時間だな」

 やや変化球ではあるが、レオンハートもその言葉を受け止める。新兵を預かったのなら、一人前にしてやるのも仕事のうちだ、などと、面倒臭いことを胸の奥で呟きながら。

 

 二人の来訪に、サッシャは最初、怪訝そうな顔を浮かべた。

「イリアでしたら、今日はもう休ませましたよ」

 手元の端末から目を離さず、作業を中断しもしないで、そんな風に言われた。拒絶もここまであからさまだと、いっそ痛快に感じる、こともある。最もレオンハートの場合は、過去のいきさつが色々とあるから、ここまで嫌われたかと、自嘲するしか無いわけだが。

「疲れていた様子ですか?」

「…ええ、とても」

 嫌われるのは構わないが、必要な情報を共有して貰えないのは困る。淡々と話を進めようとするレオンハートに、サッシャは渋々手を止めた。こういう所は冷静さを欠く人物だと、前から思っているが、その特性は、科学者という職業とは相容れないようにも思う。

「それは、戦闘での単純な疲労ですか? それとも、『羽根』を酷使したせいでしょうか?」

 そうでなければ、脳波に乱れが見られたか――最後の一言を、レオンハートは敢えて飲み込んだ。かなりの高確率で、三番目のその答えが正解なのだと思ってはいたが、いきなりそれを当ててしまうと、サッシャが気分を害すると思ったのだ。

「そうではありません。楽な戦闘ではありませんでしたが、あのレベルであれば、イリアは問題なくこなせます」

 予想通り、あっという間にむきになる。

「では何故…」

「それが分かっているから、ここに来たんでしょう?!」

 すべて言い終わらないうちに、ややヒステリックに、叫ばれてしまった。

 それは流石にサッシャの方も、言ってからしまったと思ったらしい。眼鏡の向こうで、黒い瞳の焦点がぶれて、真ん中に捉えられていた筈のレオンハートは解放された。

 まったく、「子供」も「子供」なら「親」も「親」で手がかかる。レオンハートは内心で溜息をつく。こんな時、カティアなら間違いなく、何か上手い言葉を使って、さらりと相手の心に寄り添い、懐に入ってしまうのだろう。或いはフィオなら、自分のペースを乱さないまま、適当に距離を詰められる。そんなスキルは彼には無い。

 むっとして言葉を失うレオンハートに対して、トウヤは我感ぜず、飄々としている。

「まあ、まあ、いいじゃないスか。同じ小隊の仲間同士、心配して、様子見に来ただけなんだし」

 仲間――それはトウヤの認識で、サッシャは恐らく、そうは思っていない。トウヤもそのことは分かっているだろうが、すべて承知で人懐こく笑えるのが、トウヤの美点だ。

「仲間って…」

 鼻白んだ様子のサッシャだが「勘違いするな」とは言えない。建前だとしても、F小隊は「仲間」なのだから。

「明日、また来るんで。イリアの奴に伝えといてください」

 サッシャが憮然としているのをさらりと無視して、トウヤは微笑み、ひらひらと手を振って踵を返した。決して嫌味ではない。まったく大した奴だと、レオンハートは舌を巻く。

「つうわけで、酒飲んで早めに寝ようぜ」

 そして、部屋を出たところで振り返ると、またこんなことを言って笑う。サッシャに対して抱いた苛立ちも、状況そのものに感じたストレスも、決して消えはしない。だが、毒気を抜かれるというのは、まさにこういうことを言うのだろう。ふっと穏やかな笑みが湧き上がり、ごく自然に、それも悪くないと思えてしまう。

「奢らんぞ」

「えええ、マジかよ、小隊長殿―」

「調子が良い時だけその肩書を使うな、同期のくせに」

 手を伸ばし、殊更高い位置からトウヤの髪に指を突っ込んで、ぐしゃぐしゃと掻き回してやった。トウヤに比べてレオンハートの方が、十センチほど背が高い。声に出しては言わないが、すこしだけそれが気に食わないらしいトウヤである。

 

 翌朝、二人が面白くもない顔を突き合わせて食事をしていると、視界の端に何かが飛び込んできた。

「レオンハート! トウヤ! オハヨウ!」

 甲高い合成音を出すのは、金属のくせにぽんぽんと跳ねる不合理な球体。イリアのペットロボット「ハロ」だ。

「…おはようございます」

 レオンハートがそれを好きではないことを知っているせいか、数歩遅れてやってきたイリアは、すこしだけ決まり悪げにしている。

「おはよ。一緒に食ってけよ」

 いちはやく、トウヤがそう言って椅子を引いた。それに今は、一応オフの時間だから、連れていて悪いということは無い。ただ、機械の癖に人を呼び捨てにするその無遠慮な玩具を、レオンハートはどうしても好きになれないが。

「トレイ取ってきます」

 イリアは頷くと、自分の分の食事を取りに踵を返した。ハロがその後ろを跳ねてついていく。しばらくして戻ってきたイリアの手には、彼女には明らかに多い、パイロット用の朝食が盛られていた。

「とりあえず食え。余ったら全部、俺が貰ってやるからさ」

 無邪気に笑うトウヤのトレイは、既に空だ。

「…なるべく頑張ります」

 そう言って座り、とりあえずアップルジュースのチューブを手に取るイリアだが、相変わらず、目の前の食べ物の量に圧倒されているのが見てわかる。

「それでも、以前よりは食べられるようになっただろう。そのうち全部片付けられるようになる。栄養を摂って、体力をつけるのも仕事のうちだ」

 あまりトウヤにばかり喋らせておくのも何だか癪なので、レオンハートも口を挟んでみる。所詮彼にはこんな言い方しか出来ないが、イリアは素直に「ありがとうございます」と返す。そして、トレイに積みあがった食糧相手に、孤軍奮闘を始めた。いつものように、妙に真っ直ぐ、生真面目な視線を向けて、ペースも変えずに淡々と。拳銃のメンテナンスをする時と変わらない様子に、レオンハートはつい苦笑する。

「無表情で処理し続けるほど不味くはないぞ。パイロット食はそれなりに良く作ってある」

 イリアは顔を上げるが、その口はシリアルバーで一杯で、何か喋れば大変なことになるだろう。無重力空間で細かい食べ物をこぼすと、とんでもない勢いで飛び散る上に、下には落ちないから。とりあえずレオンハートに視線を向けて、何度か頷いたが、何を言いたいか分からない。

 それからイリアは、例えば兎とか鼠とか、小型の草食動物がするような勢いで口の中のものを咀嚼し、水で流し込んでから、息もつかずに答えた。

「……美味しいです」

 と言いながら、それなりに無理をしたらしく、言うだけ言ってから肩で息をしている。

「そうか。そりゃ良かったけど、あんまり無理すんな。午前中オフなんだから、ゆっくり食え」

 その肩を、トウヤがやや手荒く叩く。

「でも、本当に私、体力をつけないと…」

「昨日も倒れたから、か?」

 レオンハートの深い蒼の瞳が、イリアの翠色を射竦める。イリアはその双眸を丸く見開いて、真っ直ぐにレオンハートを見ているが――視線に力が無い。ああ、この少女は視線を外すということを知らないのだなと、レオンハートは得心し、軽く息を吐いて、こちらから視線を外してやった。

「確かにお前は、基礎体力にもまだ大いに改善の余地があるが…昨日のは、それじゃないだろう」

 翠の瞳は、見開かれたままで瞬きひとつしない。その奥で影が揺らめいたようにも見えたが、正体は定かではない。恐らく、涙が一筋零れたら、似つかわしい表情ではあると思う。

「自分で分からんのか」

 詰問する積りは無いのだが、気が付くとこんな風に、優しさからは遠い言葉を使っている。

「疲れていたのも、本当です。頭痛もしたし…」

 そこで絶句しないで返してくる辺り、それなりに成長しているのだと思いたい。抑揚はまだまだ乏しくても、コンピューターではない言葉を喋っている。

「オツカレサン」

 そうしたら、イリアの足元で、ハロがまさしく「コンピューター」の音をたてた。

「黙ってて」

 イリアはそう言って、膝の上にハロを抱き上げる。レオンハートはこのてのペットロボットを扱ったことは無いが、これで静かになるのだろう。

「正直に言って、よく、わからないんです……何がそんなに堪えたのか。疲れましたけど、でも、倒れるほどじゃないと思っていました。『羽根』は頑張って使いましたけど、頭痛がするほど酷使したつもりも無かったし…私の認識が甘いのかもしれないけど」

 その名前を、イリアは口にしようとしない。故意になのか、思いつきもしないのか。

「……バーテング少尉とは、話したことがあったのか?」

「……挨拶くらいです。良い人だった、と思います」

 ならば本当に良い人だったのだろう。レオンハートにはそう思えた。この認識の前には、まず「ニュータイプ」というものを、認めなければならない。相手の本質を、ダイレクトに捉えることが出来る存在だと。だが――そう思ってしまった。イリアは、この艦の中で短い時間をともに過ごし、交わした言葉は挨拶程度でも、戦場で生死を分かち合った相手を――バーテング少尉を、そのように捉えたのだ。


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