天の光はすべて星だと、信じていた年頃があった。まだ幼く、夜、故郷の森で、満天の星空を見上げていた頃だ。星々の海とか、無窮の闇とか、永遠の夜とか――SF小説に出てくる慣用句を、いちいち本当だと思っていた。そこには何のリアリティも無く、夜空はただ広くて、美しくて、物語の世界でしかなかった。

 今、実際に我が身を虚空に置くようになって、その幼さを嘲る自分が居る。あの頃、頭上一面に瞬いていた光は、ここでは微動だにしない。白く冷たい光をただ投げかけて、問いかけてもすべてが絶対零度の中に吸い込まれていく。

無限の、広がり。無窮とか永遠とかいう詩的な言葉は、その無慈悲さに似合わない。あの日見た天の光の中には、コロニーの反射光や、ひょっとしたら戦場の光も混じっていたのだろう。そんなことを、醒めた頭で考えている。

 それなのにそこが、自分の生きる場所になってしまった。

 

 遮るものの無い真空に、巨大な(ふね)が浮かんでいる。左右両舷にカタパルトを備え、ダークグレーと赤に塗り分けられた、全長500メートルに近い威容――強襲揚陸艦<ビルキス>。処女航海を終えて間もない、新造艦だ。

 モニターの中央にその姿を捕えて、すっと軽く息を吸い込む。

「ビルキス・コントロール。こちらは本日付で貴官に着任予定、コールサインF(フォルトゥナ)001、レオンハート・ザバッシュ中尉。<ビルキス>、着艦許可願いたい」

 新しく与えられたコールサインで呼びかけると、<ビルキス>の管制官も同じもので返してくる。幾つかの事務的な確認がそつなく終わっていき、最後に管制官は言った。

F001、着艦を許可する。<ビルキス>へようこそ」

 何のことはない、ごくありきたりな台詞だったが、その声音には微かな余裕が滲んでいて、聞く者に安心感を与える。こういう管制官が居る艦は、きっと悪くないのだろう、と思えた。

 しばらくして、左右どちらのカタパルトでもなく、船体下部にガイドビーコンが点滅する。指示があった通りだ。それにしても、あんな安っぽいオレンジ色の光で安心出来るとは、我ながらヤキが回った。

 デッキも機体もイレギュラーなので、最初の着艦シークエンスは手動になる。二回目以降はコンピュータが学習してくれるだろうから、自動化出来るだろうが。とはいえ、手動だとしても、何千回とシュミレーションを繰り返したのだから、戸惑うことは何一つ無い。レオンハートとその乗機<クロト>は、僅かな金属音だけを発して、<ビルキス>下部の特殊デッキに収容された。

 機体に異常が無いことを確認した上で、飛行記録データを取り出してエンジンを停止する。

 パイロットスーツのヘルメットを外すと、居るようで実は滅多に居ない「典型的な宇宙世紀人」というものが現れる。即ち、混血の果ての、白くも黒くも黄色くもない肌と、褐色の髪が。サファイアブルーの瞳は眼光鋭く、唇が薄い。これで全体の線が柔らかくなければ、酷薄に見えてしまうところだろう。

 長時間の飛行の疲れを振り払うように、軽く頭を動かすと、やや無精をしたせいで伸びている髪が、ふわりと広がる。とりあえずは汗が飛び散る前に額や首回りを拭って、ふっと軽く吐息をついた。

 とはいえ、レオンハートはつい今しがた、この<ビルキス>に着任したばかりの身だ。各所に挨拶に行ったり、書類を提出したり、今後のスケジュールを確認したり、やることだらけで、休息を取る余裕など到底無い。

 ハッチを開けて外に出ると、「よう」と、聞いたような声で呼びかけられる。

「トウヤか」

 唇に微かな笑みを刷いて、レオンハートは顔を上げる。視線の先には、アジア系の浅黒い肌をしたパイロットが、人懐こい顔をしている。

「覚えててくれて光栄だ、出世頭さんよ」

「あてこするな。貴様とそう大して変わらん」

 レオンハートの受け答えは無愛想そのものだが、彼を知る人物であれば、それが彼なりの親愛の表現であることに気付くだろう。これがもし、見も知らぬ人間であれば、そもそもこの手の声掛けは切って捨ててしまい、会話が成立しないだろう。レオンハートはそういう男だ。

「変わらなくはねーだろ。俺は小隊員で、貴様が小隊長なんだから」

「いずれ一介のパイロットということだ」

 どうしても取り合わないレオンハートに、トウヤは「へいへい」とわざとらしい苦笑をして見せた。

 トウヤ・カトリオンはレオンハートとは士官学校の同期生だ。と言っても特に親しい間柄というわけでもなかったから、卒業後は今日まで連絡も取っていなかったし、消息を知ったのは<ビルキス>への転属指令を受けてから。そして、現在は同じ中尉階級であるが、レオンハートの方が先任になり、軍隊という組織の鉄の掟に従って、先に昇進していた者の方が、問答無用で上に立つ。二人は同じ小隊に配属されるが、レオンハートが小隊長、トウヤは小隊員という立場だ。

 もっともレオンハートに言わせるなら「その程度のことがどうした」なのだが。

「世間話はどうでもいい。飛行科長殿に着任の挨拶をしたい。案内しろ」

 そしてレオンハートは、無重力空間にふわりと身を翻し、キャットウォークに立つ。

「相変わらず、可愛くねえ奴だな」

 トウヤが苦笑して、それに続く。

「あっても食えん類のものに、興味は無いんでな」

 知らない人間なら鼻白むような鉄面皮ぶりで、レオンハートは言い切った。

 

 玲瓏、という言葉がある。それを具現化したら、こういう女性になるのだろうか。月光の様な淡い色のプラチナブロンド、透き通りそうに白い肌に、澄んだブルーグレーの瞳。涼やかな目元と、赤い口紅が似合う口元。旧世紀の言葉で言えば、ロシア系とでも言うのだろうか。透明感のある空気を纏った、文句無しの美女だ。

「<ビルキス>モビルスーツ隊へようこそ、レオンハート・ザバッシュ君」

 その美女が、外見からは想像もつかないフランクな口調で、そう話しかけてくる。

「君の<クロト>は相当な暴れ馬と聞いている。落ち着いたら、腕前を披露して欲しいものだな」

 そして、着任関係の書類や報告書を確認しながら、些か人の悪い笑みを浮かべて見せる。

「は。小隊の連携確認のためにも、早々に演習の日程を調整致します」

「そうしてくれ。楽しみにしているから、早めに頼むよ」

 ブルーグレーの瞳が、急に真っ直ぐ、レオンハートの双眸を見つめる。人の心を映す、魔法の鏡。咄嗟にそんな言葉が頭に浮かんだ。

「それで、何か質問は?」

「いえ、特には」

「そう? 君は、この計画だとか、この艦だとかに、色々思うところがありそうに見えるが」

 そんな莫迦な。内心ではそう思っても、おくびにも出さない程度にはセルフコントロールが出来る自信はある。軍人なら、その程度のことは出来て当然。そう思い、実際そうしてきたのに、何故この人は、こんなことを言うのだろう。

 だが、魔法の鏡はそういつまでもレオンハートを映してはいなかった。長い睫毛がふっとブルーグレーの色を隠し、今度は先程より朗らかな笑みが、あでやかな面を染める。

「冗談だ。かまをかけられて、そう簡単に真に受けるんじゃないよ。私は人が悪いからね」

 すれ違い様に、ぽんと軽く肩を叩いて、その人は去った。後には幽かに、花の香りが残る。完全に当てられた。美人だからとか、目線がどうとかいう問題ではない。それ以前に、掌の上で転がされたのだろう。只者ではない。

 「告死天使」カティア・バラージュ――それが彼女の名であり、この艦におけるレオンハートの上官を示す。年齢は三十三歳、階級は少佐。この<ビルキス>に於いて、モビルスーツ隊と整備中隊を統括する飛行科長の任にあり、モビルスーツ隊長を兼任する幹部士官だが、それ以上に、総撃墜数二百機を数える、イリン・クァディシンのスーパーエースとして名高い。

 その人が、この艦での直属の上官になる。噂は色々と聞いていたが、やはり只者ではなさそうだ。

「なーに、心配すんな、保証するけど、三日で女に見えなくなるから」

 すこしぼうっとしてしまったのを曲解したのか、後ろからトウヤが茶化す。

「そういうことじゃない」

「あ、そ。じゃあ次、『F(フォルトゥナ)計画』の総本山に案内する」

 ごく軽く、トウヤは言った。まるで、次は食堂とか、トイレの場所を教えるとか、そのレベルに聞こえる。けれどもレオンハートは、自然と背筋が伸びて、妙な緊張感が己を支配するのを知った。

 

 「F計画」――運命の女神と呼ばれるそのプランは、ごく限られた者にしかその存在を知られていない。しかし実際のところ、レオンハートたちが所属するコロニー間軍事連合イリン・クァディシンの軍内で、最重要の命題とされている代物でもある。

 歴史の教科書に「ニュータイプ」という言葉が載っている。U.C.00年代後半に、一部で流行した概念だ。宇宙に進出した人類は、新たな環境に適応した新たな感覚を手に入れる。知覚が拡大し、より広く深く分かり合えるようになる。大雑把に言えばそんなところだ。

 そして実際に何人か「そうではないか」と言われた人間が居た。

 彼らは例外無く、戦場で稀有な働きをしたパイロットであった。

 最も端的な例として挙げられるのが、一年戦争の英雄アムロ・レイだ。一介の民間人で、何の訓練も受けていなかったにも関わらず、初見で連邦軍の新型モビルスーツ<ガンダム>を操り、敵機を撃墜。彼と<ガンダム>の存在は、機体性能とも相まって、一年戦争の戦局そのものを左右したとさえ言われる。

 U.C.00年代の末期、一部の軍関係者はニュータイプの軍事利用に血道を上げていたとも言われる。何しろ彼らは「一騎当千」という言葉そのものであり、五感を超越した感覚で戦場を駆けたのだから。

 しかし、挫折した。そもそもニュータイプとは何か? その問いに、誰も答えることが出来なかったのだ。最初はその言葉が持つ可能性に惹かれた者も居たろうが、可能性は飽く迄可能性に留まり、新しい時代を切り開いたわけでもない。その上、ニュータイプと目された者たちも、戦争という時代の中でその命を濫費され、殆ど生き残らなかった。

 そうこうするうちにU.C.100年代が訪れ、戦乱が一段落すると、人々はニュータイプという言葉を忘れていった。差し迫った事情が無い中では、新しい可能性も目覚ましい戦力も必要無かったのだ。

 F計画とは、要するに、一騎当千のニュータイプを再発掘し、戦場に投入しようというプランだ。国家プロジェクトとしてニュータイプを発掘し、そのための機体を開発して戦局を変える。この戦国時代を揺るがす一手にする。

 レオンハートに言わせれば、絵空事でしかないのだが。

 ニュータイプとやらの有用性については、資料で読んだ。専用のインターフェースを使用すれば、脳波のみでモビルスーツを操縦し、ミノフスキー粒子の散布下においてもユニットの遠隔操作が可能であるという。加えて、所謂「勘」が鋭く、思考するよりも早く、正確に状況と空間を把握出来るそうだ。見えなくても「何か来る」という予感だけで敵弾を避けられるし、「そこだ」と思って撃てば当たる。つまりは、出鱈目な兵士というわけだ。

 確かに、コンスタントにそういう兵士が生産出来れば、一定の戦力増強効果は上がるのだろう。だが、どうもそういう話ではないようだ。条件に適合するパイロットの数は少ない。

 その希少なパイロットのために、ワンオフの機体を開発し、サポート体制を整える。当の「ニュータイプ」とやらにはありがたい話なのかもしれないが、恐らく一連の過程には、恐ろしいほどの予算がかかっている筈だ。モビルスーツの開発費。パーツの使い回しが出来ないワンオフ機の製造及びランニングコスト。それはレオンハートの考えることではないし、金額の見当もつかないわけだが、とんでもない話であることはよく分かる。

 そんな金があるのなら、ごく普通の兵士の数を増やして適切な訓練を施し、前線の装備を充実させればいい。まったくつまらないが、軍隊を強くするにはそれが一番だ。ごく真っ当な職業軍人として、レオンハートはそう認識している。

 だが、これはイリン・クァディシンの国家プロジェクトであり、それに参加せよというのが命令だから、そこに疑念を挟める余地は無い。よしんばその命令が酷く下らない内容でも、不本意であっても、命じられた以上はそこに全力を注ぐしかない。それで食っているのだ。軍人とはそういうものだ。

 それにしても、国防費の何割かを食い潰すような一大プロジェクトが、軍部内でもごく一部の人間にしか知らされずに進行して、実行段階にある。パイロットなど、密かに全国民の中から選抜したというのに、誰もそのことを知らない。

 有り得ない話だと思えるのは、レオンハートが一応、十二歳まで「民主主義」というものの中で育ったからだろう。イリン・クァディシンは極端な独裁体制というわけではないが、二十年来の非常事態宣言下にある。

 イリン・クァディシンの領域内で生まれ育ったトウヤなどは、恐らく何とも思わないのだろう。レオンハートにしたところで、おかしな話だと思う程度で、口にすることも無い。そんな話は軍人として最も避けるべき類であるし、非常事態法に抵触する危険性もある。何よりも今は、軍政の国で飯を食っている身なのだ。

 今、二十四歳だから、ちょうど人生の半分。これからどんどん、軍事体制で生きた時間の方が長くなる。子供だったからかもしれないが、民主主義の何が良かったのかも、よく分からない。

 こんなことは、考えてもどうしようもない。考えないことだ。そして淡々と職務をこなす。最善を尽くして、最前線で。そうすれば、余所者の自分にも、この国での居場所が手に入る。

 

 <ビルキス>は強襲揚陸艦である。そもそも強襲揚陸艦とは、旧西暦の頃の概念では、母艦機能を備えて上陸部隊を搭載した艦のことを言う。何かあれば真っ先に駆けつけて兵員を上陸させ、橋頭堡を築く。人間に例えて言うなら斬り込み隊長といった役割になる。

 それを、U.C.0278の宇宙に置き換えるとどうなるか。まず、「陸」という言葉が非常にしゃらくさいのだが、別に言葉を改めることはされていない。そして、コロニーに傷をつけないことが大前提なので、モビルスーツを内部に侵入させるなど言語道断だし、生身の人間が白兵戦を行うことも、ほぼ想定していない。つまりは「強襲揚陸」のうち「揚陸」の方の機能はまったく使用することにならない。

 ただ、「強襲」の方の機能は充実していて、一個大隊十二機にプラスアルファのモビルスーツを搭載・運用出来る、優れた母艦機能を有している。その他に、通信や索敵の能力も高いので、単艦運用で何処にでも行ける。

 ただ――用兵の常道を行くなら、単艦運用など有り得ない事態なのだが。

 しかし、<ビルキス>はある意味、特務艦である。非常に重要な国家プロジェクトのほぼすべてを一身に背負っていると言ってもいい。その特殊性から、他の艦と連携を取るよりは寧ろ、単独で行動した方が、何かと扱いやすい。機密保持という意味もあるし、殊にレオンハートたちF小隊は、一般のモビルスーツ部隊と連携を取るのは難しい筈だ。

 計画が莫迦げているのだから、その中枢たる艦も莫迦げているのは当然と言えるだろう。<ビルキス>には同型艦が存在しない。ビルキス級のネームシップと言ってしまえば聞こえは良いが、要するにこれもワンオフだ。先程レオンハートが着艦を行った下部デッキが一番分かり易い。F計画に属する機体――つまりレオンハートが預かるF小隊の三機は皆、通常のモビルスーツデッキではなく、この特殊デッキに収容されるわけだが、極端な話、レオンハートの<クロト>さえ無ければ、このデッキ自体が必要無い。

 だから、金のかけどころを間違っているんだよ。再びそんな悪態が心の中に湧き上がった瞬間、目の前の自動ドアが開いて、その問題のデッキに戻ってきた。

 一瞬、目の前に、有り得ない光景が広がった、と思った。蒼穹――生まれ故郷の、蒼い空。その色が、見えた。

 はっと目を凝らし、見直すと、そこには蒼穹の色に塗られたモビルスーツが立っていた。何だ、塗料の色かと安堵の息をつく。最も、レオンハートは内心が極端に顔に出ないタチだから、トウヤ辺りにはずっと「無表情」に見えている筈だが。

 ここにあるということは、F計画のモビルスーツだ。レオンハートはもう一度、じっくりとその機体を見つめる。全長は通常のモビルスーツと変わらない、15m程度。だが、その両肩には特殊なハンガーがあって、左右四枚ずつ、計八枚の、翼か放熱板のようなパーツが付いている。強いて言うなら、それが特徴だ。殊更にジェネレーター出力が高そうにも見えないし、バーニアの数も、スラスターのサイズもごく普通。見たところのスペックは、汎用量産機の<エスター>と大差無い程度だろう。

 ただ、些か印象的なものが、もうひとつある。顔だ。デュアルアイセンサーと、額のV字状のアンテナ。今時これが理解出来るのは、相応の教育を受けた軍関係者、その中でも記憶が新しいか、よほど知識が深い者。それと相当なマニアだけに違いないが。

「気付いたか?」

 傍らのトウヤが、面を悪戯っぽい笑みに崩して、こちらを覗き込んでくる。こういう表情が嫌味無く似合う男だ。

「ガンダム、だな」

「そうなんだよ。詳細の資料は、お前も貰って無かっただろ? 俺もさ、ここに来て初めて見て、驚いたよ」

「顔なんか、付いていればそれでいい。形がどうでも問題ないだろう」

 本当は、軍は一体、何処までオカルト趣味に走るのかと失笑したかった。詳細の資料は無くても、小隊長として、部隊の概要は知らされている。トウヤの発言と併せて考えると、間違いなく、これが問題の「ニュータイプ専用機」の筈だ。それを敢えて伝説になぞらえ、アムロ・レイの愛機に似せたというのか。確かに顔の形などどうでもいいが、些かお遊びが過ぎるのではないか、とも思える。

 その時だった。そのモビルスーツ――資料によれば、名は<ラキシス>――の胸の、コクピットハッチが開いて、パイロットが姿を見せる。白い、パーソナルカラーのパイロットスーツ。身長や体格からすると、恐らく女性。

「ちょうどいいや、先に紹介する。おーい、イリア! ちょっとこっち来いよ」

 トウヤが大きく声を張り上げ、ややオーバーアクション気味に手を振る。白いスーツのパイロットは、しばらくキャットウォークのところでスタッフと何か話していたが、トウヤの声は聞こえていたようで、間も無く足元の地面を蹴って、レオンハートたちのところに飛んできた。

 パイロットスーツのヘルメットが取り払われて、さらさらとした栗色のショートボブが現れる。無重力の中にふわりと広がったそれが、すこし落ち着いた、その向こう側に――吸い込まれそうな、翡翠色の瞳を見つけた。黒目がちの、零れるような双眸。性別よりも顔立ちよりも、それが目に焼き付く。何故だろうと思った瞬間、その放つ視線の強さを悟った。真っ直ぐに、射抜くと言うよりは奥の奥まで見通そうと挑むように、その視線は放たれていた。

「レオンハート、これが、F小隊の最後の一人。イリア・ゼクロスだ。イリア、これが、俺らの小隊長、レオンハート・ザバッシュ中尉な」

 そんなことは見えないトウヤが、ごくありきたりな言葉で二人の間を繋ごうとする。そこでレオンハートはようやく、「彼女」を見た。

 やはり、女性だ。身長は高くも低くもないが、体格はひどく華奢で、首や肩回りの細さ、背中の薄さなど、一通りの教練を受けている軍人なら、およそ有り得ないほどだ。年も若い。童顔であろうことを差し引いても、恐らく二十歳そこそこか。肌の色や目元の辺りに透明感があるのは、若いせいと、恐らくは血筋――スラヴ系が濃い。まるで磁器の人形のようだ。端正と言えば、まあ端正。だが、特筆するほどの美少女ではない。それなのに強烈な印象が残るのは、ほかでもなく、あの眼差しのせいだろう。

「イリア・ゼクロスです」

 小鳥が啼くような、細く小さい声だった。ただそれだけで、硬質な印象を与える面を、僅かにも揺るがせなかった。



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