いや、あの時は本当に、どうしようかと思いましたよ。何故って、乗れる筈の電車を一本逃してしまい、ぎりぎり間に合うか否か、最後までわかりませんでしたもの(因みに五分前到着でした)。けっこう発表が遅かったんですよね。八月になってから知りました。今年はNHK杯にも行きたいし、どうしようかと迷いに迷いつつ、とうとう買ってしまったチケット。当日行くまで誰が出るかもあまり知りませんでしたし(チラシには、キャンデローロ本人のほかに、ボナリー、カザコワ&ドミトリエフ、ペトレンコ、ウソワ&プラトフの名前がありました)。いや、本当に、楽しかったです。

 ショーはオープニングとエンディング以外は個々の演技で、オープニングも集団でというより個々の演技を組み合わせて作った感じです。まあ、あのメンバーで長期のツアーなどをするわけではありませんから、妥当なところでしょう。オープニングで印象に残っているのは、村主さんとウソワ&プラトフ。村主さんは昨シーズン、怪我から復帰してから凄く上手くなって、一番頼もしく思っている日本選手なので、プログラムに名前を観てからほんの数分ですが、わくわくしながら待っていたんです。印象に残ったのは、とにかく速いステップ、ターン、スピン。間近で観ると、フィギュアってこんなに速いんだ、という当たり前のことにすごく感動してしまいました。そしてウソワ&プラトフ。涙が出てきました。幸運にも私の席のまん前で二度、回転のあるリフトをしてくれたのですが、本当に滑らかで、水の上を流れるようで、エッジの音が全然しない。あまりにも美しかったんです。それから、来日するからにはやってくれるだろうと思っていたキャンデローロの「ダルタニヤン」。まさかオープニングからとは思いませんでしたが、嬉しかったです。あの衣装、あの曲。「あの」ストレートラインステップは、リンクのサイズの関係もあるのでしょうが、何箇所か曲がって、どの角度からでも見えるようにしてくれましたね。そういう演出も、ショーならでは、心憎いと思います。

 さて、本編は荒川静香さんから。私は彼女については、いいジャンプをする選手だけど無機質な印象がずっとあったんです。それが、イーグルであれだけ見せてくれるとは思いませんでした。実は身のこなしも凄く上手いんだ、と気付かされました。あと彼女は背が高くて体格がいいので見栄えがしますね。続く竹内洋輔選手は初見だったのでけっこう興味津々だったのですが、直後にウソワ&プラトフが来たのであまり覚えていません。ただ、いかにもEXな楽しいプログラムだったと記憶しています。

 ウソワ&プラトフはまず「シェルブールの雨傘」から。ピンクと黒の傘を小道具に使った、お洒落で可愛い感じの振り付けです。難を上げるなら、オープニングの印象が凄すぎて、あの後に何を見ても「さっきほのうが」という欲が出てしまうということ。ホント、ファンの我儘にはきりが無いんだなぁと、自分の勝手さにちょっと呆れます。

 続いてペトレンコ。ペトレンコファンの母から「しっかり観てくるように」との厳命が下っていましたし、彼の現役時代の異名も成績ももちろん知っていますから、かなり身構えました。実はチケットを買った最終動機も、彼が観たかったからなんです。生憎とリンクの向こう側に小道具の椅子が置いてあった関係で、どちらかというとリンクの反対側に重点を置いた振り付けになっていましたが、ジャズのピアノに合わせて大真面目にピアノを弾くマイムを入れる彼には、笑いました!それでいてスケーティングやスピンはあくまで優雅。母の言っていた「王子様だけどエンターテナー」という言葉の意味、よーくわかりました。

 お次は村主章枝さん。さっきのオープニングでもいい演技を見せてくれましたし、先のグッドウィルゲームスでも見事三位と大健闘だったこともあり、出てきた瞬間から嬉しかったです。いつもは清楚な大人しい感じの衣装が多い彼女が、黒と真紅のスパニッシュ調(この色だと、ドン・キホーテという印象があるんです)に曲もノリのいいもので、新しい一面を見せてくれました。女子の選手は、EXでもスローバラードの使用頻度が高くて、時々新しいものが観たくなります。そんな要求に見事こたえてくれたプログラムでしたね。それと彼女はこの日、多分一番綺麗なジャンプを飛んでいたと思います。キャンデローロが、多分時差調整の関係だと思いますが、トリプルアクセルを二、三度挑戦して全部ステップアウトしていましたし。村主さんはトリプルルッツまで綺麗に決めていました。それから彼女は、フィニッシュのスピンが本当に速い!ご本人も意識して鍛えているとコメントしていましたが、同じ佐藤信夫コーチの指導を受けたルシンダ・ルーの好例もあることですし、磨いて欲しいですね。佐藤コーチの教え子さんは、基礎がしっかりした、ジャンプ以外にちゃんと見せ場のある選手が多くて素敵です。

 カザコワ&ドミトリエフは、「マリオネットと人形師」。オクサナ、糸がわりにピンクの紐を手に着けて登場です。あえて言うならオクサナは体格がいいので、ちょっとお人形さんには苦しいかな、と最初思ったのですが、滑り出したら気にならなくなりました。この二人は、どれだけ現代的な曲や振り付けでも、絶対にクラシックの良い香りが消えないのが魅力。これはわけてもモダンな感じでしたが、やっぱりそこはかとなく香ります。それが素敵なアクセントになった、素敵なプログラムでした。

 それからボナリーですが、三週間前に膝の手術をしたとのこと、残念ながらジャンプはすべて二回転に抑えてありました。それでも来日してくれたのは本当に嬉しいですし、トレードマークのバックフリップはいずれも綺麗に決まっていました。

 前半のトリはキャンデローロの「ブレイブハート」。この日演じられた中で、これと後半の「悲しいワルツ」だけがあらかじめ知っているプログラムでした。これは元の映画も大好きなもの。以前ジャパンオープンのテレビ放送を観た時は、まず衣装に驚いてしまって、大分損をしていたようです。改めて観て「んなトコまで再現せんでええわっ!」というとこまで映画を再現した、中々素敵なプログラムであることに気付きました。定番のロロスピンも綺麗に入って、いい感じにテンションが上がったところで前半終了です。

 

 後半は恩田美栄さんから。彼女は私にとって、(ほぼ)地元選手なので、応援にも熱が入ります。ただ、彼女はやっぱりまだ、見せるということに慣れてない印象ですね。EXやショーにはまだまだ、という感じですが、何故か高感度は抜群に高い。ジャンパーという印象でしたが、滑りなどが思ったより綺麗でした。

 続いて田村岳斗君。彼はEXでX JAPANのコスプレ、hideコスなんかもしたことがあるそうなので、もしやと思っていたのですが、残念ながらそこまではやってくれませんでしたね。当たり前ですけど。彼にはなんだか「陽気で楽しいお兄ちゃん」という印象があって、その印象に違わず、客席に向けてニカっと笑ってたくさん手を振っていたのが印象的でした。彼もやっぱり、「見せなれていない」選手だという印象はあるのですが、楽しんで貰おうと色々やっていたことには好感を持ちました。

 それから、ある意味この日最大の収穫だったコヴァリコーワ&ノヴォトニー。インタビューを読んだり、写真を見たことはありましたが、映像も含めて、演技は初見です。最初に「本当にお互いを信頼しあっている、羨ましいくらい仲の良いご夫婦」だという印象があって、オープニングでそのスピード感とコヴァリコーワの笑顔の愛らしさに心を奪われて、この演技が終わる頃にはすっかりファンになっていました。チェコの選手は殆ど観る機会もありませんし、どんなスタイルなんだろう、イリーナ・ロドニナの教え子というからやっぱりロシア風なのかな、などと色々考えていましたが、結論から言うと、カザコワ組とはまったく別の芸風を持つペアでしたね。ヨーロッパや北米の選手がやるように、ペアを組んで出来る新しい動きをふんだんに組み込んだ、軽快で明るい、でも圧倒的なスピード感のあるプログラム。そして、ペア選手がEXでよくやる、氷の寸前で女性を振り回すデススパイラルもどきの技、この二人もやっていましたが、本当に、観ているこっちがハラハラするほど、コヴァリコーワの顔と氷の距離が近いんです。でも彼女は終始ひまわりのように陰り無い天真爛漫な笑顔でノヴォトニーを見つめていて、自分より幾つも年上の女性に対してこんなことを言うのもなんですが、思わず「可愛い」と呟いてしまいました。

 それから再びウソワ&プラトフの、今度はカルメンです。アイスダンスでカルメンというと、クリロワ&オフシアンニコフのものがぱっと浮かびます。それでなくても、フィギュアファンなら既に聞き飽きている音楽。でも、このカルメンは一味違いました。オープニングの感動が、また戻ってきたと言いましょうか。もちろんお馴染みのフレーズもあるんですが、中盤のスローパートには、あまり多くの人が使わないロマンチックな曲を選んで、本当に柔らかく柔らかく滑ってくれました。今まで観た中で一番好きな、一番優しいカルメンでした。余談ですが、この時プラトフ氏が、リンクの端につかえて転びました。おそらくいつもより小さいリンクなので、感覚が狂ったか勢い余ったんでしょう。こんな時に「得した」とほくそえんでいられるのは、ショーならではですよね。競技会なら心臓が潰れています(苦笑)。

 ペトレンコの二回目の演技には、おなかを抱えて笑いました。名づけて「ヴィクトール&ヴィクトリア」、体の前にお人形を縫いつけた衣装での登場です。人形は、脚はペトレンコの脚、胴はペトレンコの胴に縫い付けてあって、腕だけが可動式。この大きな人形をあくまで人間、ペアのパートナー(?)として扱い、ダンスホールドを組んで踊って見せたり、ジャンプを飛んだり、もう大爆笑です。一番凄かったのは、ちゃんとペアスピンに見えるスピンでしたね。あれには脱帽と言う感じで、ペトレンコのエンターテナーぶりがよくわかりました。

 それから出てきたのは、ベセディン&ポリチュック。話には聞いていましたが、まさか自分で観ることになるとは予想できなかった、男同士のペアによる「瀕死の白鳥」。ぶっちゃけた話、殆ど滑ってません。ただアクロバティックなリフトの連続という感じで…でも、それがどうしたっていうんでしょう。キワモノですけど、本当に可笑しかった!笑いました。ペトレンコと続きで、一週間分は笑ったと思います。

 キワモノのあとは、カザコワ&ドミトリエフの「悲しいワルツ」でしっとりと正統派の美を見せてくれる、この構成も心憎いですよね。これは長野のEXでも使ったものですから、来日ということで配慮してくれたのでしょうか。イントロを聞いた瞬間に「あ、あれだ」とわかって、とても嬉しかったです。これは「クラシックの香り」なんてものじゃなくて、チャイコフスキーの音楽を使った、正真正銘クラシック演技。幾らショーとはいえ、やっぱりクラシックも見たいです。そんな我儘を満たしてくれた、貴重な演目でした。

 続いてボナリーの「Dancin‘ Fool」。昨シーズン、アイスダンスですっかりお馴染みになった曲を聴くだけでも嬉しい。やはり病み上がりの脚を気遣ってか、ジャンプはすべて二回転でしたが、スプリットを入れたステップなど、持ち味であるスピードはしっかり見せてくれました。

 後半も、トリはやはりキャンデローロ。マタドールのコスチュームにリッキー・マーティンのナンバーで、これはスケートとして観てもかなり面白いプログラムでした。キャンデローロのプロになってからのプログラムは、演技としては面白いけど、スケートとしてどうかと思うものが幾つかあるんです(「ブレイブハート」とか「ワイルド・ワイルド・ウェスト」とか)。最高にテンションが上がったと思ったら、滑ってる本人は袖は取るし、とうとう上は脱いでしまうし…やるだろうとは思ってましたが、お約束は実行されると嬉しいもの。何をやってもキャンデローロはキャンデローロだと、今思うとしみじみします。

 フィナーレは、リンクの中央に薔薇の造花が一輪あって、オープニングと同じように順番に出てくるスケーターたちが、それを持っての演技。本当は三時間以上の時間が過ぎていたのですが、密度が限界ぎりぎりまで濃いぶん、短く感じられて、もう終わってしまうのが寂しくて、「まだ終わらないで、まだ終わらないで」と心の中で呟きながら観ていました。個々の演技が終わって、スケーター全員がリンクの上に登場し、明るい音楽でボナリー&キャンデローロのサイドバイサイド・バックフリップ、カザコワ&ドミトリエフ、コヴァリコーワ&ノヴォトニーによる四人デススパイラルなど、集団演技ならではの見せ場を作ってくれました。日本人選手以外は、ひょっとしたら見納めかもしれないと、一生懸命観ました。最後にキャンデローロ本人から英語で挨拶。フランス語訛りが強いせいか、私にもどうにか聞き取れました。

 会場を出てからは、次の日から新学期だというのに、ぽーっとなって家に帰って、家族や友人にエキサイトしたメールをたくさん送りつけるという迷惑女と化しました(苦笑)。日本では、観られるアイスショーといえばプリンスアイスワールドとディズニー・オン・アイスくらい。毎年でなくてもいいから、出来るだけ多くこういう機会があって、日本のファンも気軽にアイスショーを楽しめるようになればいいし、キャンデローロも言うように、北米以外の場所でもプロスケーターが生き生きと活躍できる場所が増えればいいな、その場所のひとつが日本ならいいな、と思います。
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